クリスチャン ディオールは変わらずに変わる

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AFFECTUS No.488

2タックのワイドパンツ、白いシャツ、太幅のネクタイ。メンズウェアのことを言っているわけではない。冒頭のアイテムはすべて、「クリスチャン ディオール(Christian Dior)」2024Pre Fallコレクションで発表されたものだ。115ルック発表されたコレクションは甘く豪華な装飾性は抑制され、代わりに際立っていたのはダンディズムとも言うべき渋み。

ドレスやレースなど、メゾン伝統のアイテムや素材は登場していた。しかし、色はダークカラーが多用され、繊細な素材や色気が香るカッティングは驚くほど少なく、スカートルックであっても、クラシカルなメンズファッションを見る思いだった。

クリスチャン ディオールを象徴するバージャケットは、膝下丈のコンサバティブなスカートとスタイリングされ、素材はメンズスーツに使用される重厚感あふれるテキスタイルが選ばれていた。ピンク、儚げ、フェミニン。そんな表現とは無縁の、どこまでもクラシックでマニッシュなコレクションは、クリスチャン ディオールもう一つの世界が迫ってくる。

今コレクションで最も注目すべきスタイルは、パンツルックで間違いない。とりわけ、スーツのパンツスタイルは珠玉の出来栄えだ。「紳士服」と表現したくなるライトグレーの生地で作られたジャケット・ベスト・パンツのスリーピースは、白いシャツの襟元に小さな白いドット柄がネイビー地に映えるネクタイが巻かれ、渋みの頂点へ。女性のファッション伝統の華やかな素材や色使いは皆無で、憧れを抱くほどのカッコよさだ。

フェミニンがまったくないわけではない。身頃と袖が一つ続きになったボリューミーな白いシャツは、身頃に豊かな量感を作り出し、襟はノーカラーで胸元にドレープを生むパターンで仕上げられている。布地を体で覆うフォルムのベーシックアイテムは、クラシックなメンズウェアにはまず見られない柔らかさが表現されていた。

これで、ボトムにフレアスカートを選べば、甘美なクリスチャン ディオールの完成だ。しかし、モデルはタック入りの黒いワイドパンツを穿き、頭にはマリンキャップを被り、往年のココ・シャネル(Coco Chanel)を思わせるマニッシュスタイル。こんなことを言うと、ディオールのニュールックに怒りを抱いていたシャネルに怒られそうだが……。モード史における二人の関係性について詳しく知りたいときは、2018年4月7日公開「逆境を人生のスパイスにするココ・シャネル」を読んでいただけたらと思う。

話を戻そう。

今回のコレクションは、少数だがカジュアルルックも登場した。デニムアイテム、フードタイプのブルゾンとコート、ボーダーニット、いずれもメインのプレタポルテコレクションやオートクチュールではあまりお目にかかれないアイテムである。

ルックにはシックなムードが満ちているが、これは写真の背景が理由だろう。アメリカの古き時代を呼び起こす内装の室内、モデルの後ろで見え隠れるするカメラや照明が、ハリウッド往年の映画をイメージさせ、コレクションの持つ渋みに拍車をかける。

ブランドには個性があり、その個性を表現するための得意なテクニックがある。クリスチャン ディオールといえば、豪華絢爛なオートクチュールが示すように、緻密な技術と最高峰の素材が服作り最大の武器だろう。それらを駆使して作られた服には、この上ない品格と陶酔する甘さがあふれている。ただし、今回の2024Pre Fallコレクションは、クリスチャン ディオールが持つ技巧とセンスが、甘い装飾性ではなくマニッシュな方向性に発揮されていた。

得意な武器を使って、従来の個性とは違うスタイルとイメージを作り上げる。コレクションに新鮮さを生み出す手法として、非常に巧みなアプローチだ。ブランドには常に新しさが求められる。しかし、変わってはいけない世界観がある。変わらずに変わっていく。クリスチャン ディオールは、ファッションの難題に対する解答を一つ示してくれた。

〈了〉

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