エルネスト ナランホはシュールな眼差しで世界を見つめる

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AFFECTUS No.491

スペインとファッションを結びつけた時、どんなブランド、どんなデザイナーの名が浮かぶだろうか。伝説のクチュリエ、クリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)はスペインのゲタリア出身であり、「ロエベ(Loewe)」「ザラ(Zara)」「カンペール(Camper)」といったブランドもスペインから誕生した。昨年、私が『装苑ONLINE)』でインタビューしたヘド・メイナー(Hed Mayner)がコラボレーションした「デシグアル(Desigual)」も、バルセロナを拠点にしたスペインを代表するカジュアルブランドである。

だが、アントワープや東京、ニューヨークに比べると、スペインブランド、とりわけスペイン人デザイナーの名を聞く機会は少ないのではないか。本日は一人のスペイン人デザイナーをピックアップしたい。その名はエルネスト・ナランホ(Ernesto Naranjo)。自身の名を冠したブランドを2014年に設立し、実験性とリアリティを兼ね備えたウィメンズウェアには静かな美しさが漂う。

ナランホはロンドンの名門セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)の学士(BA)と修士(MA)を卒業後、「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」でジョン・ガリアーノ(John Galliano)のもと、アーティザナルラインとプレタポルテラインを担当し、「バルマン(Balman)」ではオリヴィエ・ルスタン(Olivier Rousteing)と共に働いた経験を持つ。

多くの若手デザイナーと同様に、ナランホも自身のブランドを始めるが、彼が拠点に選んだのは学生時代を過ごしたロンドンや、プロとしてのキャリアを積んだパリではなかった。ナランホは生まれ育ったスペインを、新たな出発の場に選ぶ。

スペインの南部にアトリエを構え、生産も南スペインで行い、現地の職人たちの手作業もコレクションに取り入れ、どんなプロジェクトにおいても家族を最も大切にするコンセプトが徹底されている。

では、ナランホのコレクションがノスタルジックで、クラフト的なのかというと、それは違う。「oo2」「003」とナンバリングされたコレクション(現在は「011」まで発表)には、非常にモダンな香りが匂うのだ。ナランホはマルジェラで経験を積んだが、シグネチャーブランドのデザインを見ていると、ガリアーノのマルジェラではなく1990年代のマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)が蘇ってくる。

スレンダーシルエットを軸に、抽象的に形作った布の造形を織り交ぜたアイテムを作り出す。薄手の布を多用し、ドレープを含んだフォルムが散見され、パープルやイエローといったカラーが低い彩度で使われている。ブラックも使用されているが、その印象は淡さが滲み、「アン ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)」や「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」のストイックな黒とは別世界の黒だ。

薄手の布、柔らかな布を多用しているため、服のフォルムは流動的な印象を受ける。ドレッシーなテイストだが、現代ファッションのリアリティから遠く離れた服かというと、街中で着るには挑戦的なデザインは確かにあるが、極端に非現実的とも言えない。

最新コレクション「011」は、直線的カッティングで仕立てた硬質なフォルムが多く発表され、そのテクニックを用いたトップスやスカートは、SF映画に登場する人物たちが着る近未来的ウェアを見る思いだ。しかし、一方でシャツやテーラードジャケット、パンツといったベーシックウェアを基盤にしたアイテムは、リアルな匂いをギリギリに漂わせたモードウェアへと着地させていた。

パンツの前後のパターンを縫い合わせる脇線が、内側のみ縫わずに放置されたボトムは、パンツともスカートとも言える存在感だ。ジャケットは、ラペル部分が2枚重なっているように見えるデザインもあれば、ネック部分から長方形のパターンがアーマーのように袖を覆うデザインも登場する。先ほど、ナランホのフォルムには流動的な印象を受けると述べたが、服の概念を崩す流動性も感じられてきた。

インパクトにあふれた造形で、現実世界から隔絶するのではなく、リアリティを留めたままモードの世界を覗かせる手法は、かつてのマルジェラを呼び起こす。マルジェラの服にはシニカル視線が貫かれ、冷たさも滲んでいたが、ナランホの服はマルジェラよりも温かい。それは柔らかい布の多用と、鮮やかさを抑えた色使いが理由だろう。目の前で見ているものは現実の出来事のはずなのに、現実から外れた世界を見るような感覚は、シュールレアリスム的感覚を呼び起こす。

不可思議な浮遊感を覚えるスペイン発のウィメンズウェアは、その曖昧さが心地よい。エルネスト・ナランホはファッションの力を通じ、世界の見方を甘く緩やかに変えていく。

〈了〉

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