サバト・デ・サルノが首元で匂わす

スポンサーリンク

AFFECTUS No.494

ミラノのメンズファッションには独特の色気がある。爽やかであるよりも渋く、色気は微かに匂わすものではなく、色濃く匂わすもの。

「街を歩くのに、存在感がなくてどうする?」

濃厚なセクシースタイルがそう語りかけてくる。「ドルチェ&ガッバーナ」「ヴェルサーチェ(Versace)」「ジョルジオ アルマーニ(Giorgio Armani)」が、ミラノ伝統のメンズファッションを世界に発信する。トム・フォード(Tom Ford)時代の「グッチ(Gucci)」も、ランウェイを歩く男性モデルの姿にはミニマリズムとは無縁な、むせかえるほど濃厚な空気が充満していた。

2023年、サバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)による新生「グッチ(Gucci)」がスタート。昨年9月に発表されたデビューコレクション、2024SSウィメンズコレクションではアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)時代との完全なる決別を宣言するクリーンなグッチスタイルは、今年1月に発表された2024AWメンズコレクションでも変わらない。

暗闇のフロアで、照明によってほのかに浮かび上がるランウェイ。BGMで流れる女性のヴォーカルが鳴り響く中、グレーの道を歩く男性モデルたちは、やや早足だ。彼らが着用する最新コレクションに、過剰な装飾は見られない。色と柄の数は絞られ、メンズウェアのベーシックに基づくクラシックなスタイルが闊歩していく。

ジル・サンダー(Jil Sunder)によるソリッドなメンズウェアを思い浮かべるが、一時代を築いたミニマリストのそれとは異なり、デ・サルノのグッチにはミラノ伝統の色気が香る。セクシーを演出する役割を果たしているのが、スーツスタイルの象徴であるネクタイであり、厳密に言えばネクタイから発想されたアクセサリーだ。

ネクタイはシャツの襟元に巻かれているわけではなかった。モデルはシャツを着ておらず、肌が露わになった首に直接細長いネクタイを身につけ、ネクタイの長さは大腿部近くまで垂れ下がるほど極端に長い。

首元をよく見ると、ネクタイは大ぶりなシルバーのチェーンと連結し、チェーンの端には先端に穴を開けた黒いモチーフが取り付けられ、その穴にネクタイを通す構造で作られていた。極端に長く細いテキスタイルはだらしなくぶら下がり、その様子はまさに長尺のネックレスで、モデルが歩くたびに揺れるネクタイが艶かしい。

大胆に肌を見せるわけではなく、色と柄をボリューミーに使用した重層的手法で、色気を作り上げるでもない。ドルチェ&ガッバーナやヴェルサーチェよりもセクシー成分は控えられ、ジル サンダーや「プラダ(Parada)」よりも色っぽい。このスタイルを、デ・サルノは極端に細長く作ったネクタイ型アクセサリーだけで演出したと言っていい。

先ほどは、デ・サルノが手がけたメンズウェアにサンダーの影を見たと述べたが、ミラノ伝統のセクシーを実感した今では、アルマーニの文脈に連なるスタイルだと思えてきた。

アルマーニのメンズウェアは、身体を柔らかに包み込むシルエットを武器に、男の渋みを優雅に仕立てる。色と柄使いに少々癖があり、その癖がアルマーニメンズの渋みにスパイスを加えていたが、新生グッチのメンズウェアは、渋みの代わりに洗練された香りの濃度を高めて、アルマーニの文脈を新たなる形に作り変えた。

このデザインの鍵となったのがネクタイ(ネックレス)という、たった一つのアイテムだった。デ・サルノはデザインする服だけでなく、デザインする手法においても潔い。複雑さや大胆さだけが、新しい個性を作るわけではないことを、グッチの新ディレクターは証明した。

高級で上質な服が潮流の現代だが、2024AWシーズンのファッションウィークを見ていて感じたことは、徐々に高いデザイン性が登場し始めたということ。時代が変わった時、デ・サルノはグッチ流クリーンスタイルをどう進化させるだろうか。それとも、デ・サルノ自身が時代を変える役割を果たすのだろうか。グッチの未来が、彼の手に委ねられた。

〈了〉

スポンサーリンク