人生を綴るブルーマーブル

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AFFECTUS No.496

コレクションを見るたび、「ブルーマーブル(Bluemable)」に惹きつけられる。2022年「LVMH PRIZE」でセミファイナリストに選出され、同年には若手デザイナーを支援するフランスの権威ある賞「アンダム・ファッション・アワード(ANDAM Fashion Award)」で「ピエール・ベルジェ(Pierre Bergé)」賞を受賞するなど、パリ ファッションウィークの中で存在感を増すメンズブランドは、サイケデリックな感性とクリーンなストリートウェアの融合に磨きをかけている。

デザイナーであるアンソニー・アルヴァレス(Anthony Alvarez)は、フィリピン人の父とフランス人の母を持ち、ニューヨークで生まれ、パリで育った多様なルーツを持つ。アルヴァレスのデザインは、硬質的なメンズウェアの中で、ウィメンズウェアのように華やかで多面的表情を見せるのだった。

1月18日に発表された2024AWコレクションは、フィリピン出身で、アジア・インディペンデント映画の父と言われるキドラット・タヒミック(Kidlat Tahimik)の作品『悪夢の香り(Perfumed Nightmare)』(1979年公開)がテーマだ。タヒミックのデビュー作でもある映画は、乗り合いバスの運転手である若きフィリピン人青年の物語。彼の夢は、アメリカに渡って宇宙飛行士になること。ある日、青年はアメリカ人ビジネスマンに気に入られ、パリへ渡る。生まれ育った街より遥かに発展した都市での生活に驚き、困惑し、次第に故郷への思いが募っていく。

夢への大きな希望と現代社会の発展に抱く疑問。一人の若者のナイーブな心を表すがごとく、コレクションはテーラードとカジュアル、簡素と異形、モダンとフューチャー、ファッションを構成するいくつものエレメントが混じり合っていく。

冒頭に登場する3ルックは、すべてドット柄のオーバーサイズシャツとルーズシルエットのパンツという組み合わせ。スタイリングだけに注目すれば、極めてありふれたものだが、3人のモデルたちは頭部にファー(リアルかフェイクかは不明)を用いた巨大な帽子を被り、黒いサングラスを掛けていた。

傘と言ってもいいほど常軌を逸するサイズの帽子は、オートクチュールの逸品を彷彿させる迫力だ。本来なら、シンプルでカジュアルな装いとミスマッチを起こすアイテムだろう。だが、テーマとなった映画の概要を知った後に見れば、ストリートとオートクチュール、別世界にある二つのファッションを対比することで、映画の主人公である青年の揺れ動く心情を表現した、これ以上ない適切なアイテムに思えてくるから不思議だ。

大きなラペルのチェスターコートはビッグサイズで作られ、着丈も足首に達するほど長い。コートの形そのものはクラシックな印象だが、ブルーマーブルはブルー・マスタード・レッドと明るい多色展開で、シックなアウターが元来持っていた重厚さを取り除く。古着風のチェックシャツとスポーティなトラックパンツ風ボトムを合わせた2つのルックは、アウターにブルゾンを選択。ショート丈のアウターは、素材がゴールドとシルバーの2色で展開され、ストリートテイストのシャツ&パンツとは違い、近未来的でスペースエイジな世界を立ち上げる。

一見するとベーシックに見えるアイテムであっても、パターン・ディテール・素材に変化を加え、柄とプリントも多用し、ブルーマーブルは1着の服のイメージを上下左右に揺さぶっていく。感情の在処を失ったようにモデルたちの顔からは生気が抜け落ち、その表情は夢と現実の狭間を彷徨う青年のそれだ。

大きな希望を抱き、新しい環境で出発する。しかし、最初に抱いたポジティブな期待は裏切られ、切なくて儚げな思いに襲われる。そんな体験をした人間は多いに違いない。何を隠そう、ブルーマーブルのデザイナーであるアルヴァレスもそんな一人だ。

アルヴァレスは、最初からファッションの道を歩んだわけではなかった。コーネル大学を卒業した後、ロンドンとニューヨークで金融の仕事する日々を過ごす。しかし、彼の心はここにあらず。アルヴァレスは、創造性を発揮する仕事への熱い思いが芽生え始めた。

会社を退職すると、アルヴァレスは世界を旅し、新たな夢を追いかけた。そして、彼は出会う。旅の途中で訪れたフィリピンで、ファッションへの情熱を灯すのだった。2017年、マニラの職人芸と伝統にインスパイアされたストリートウェアブランド「ワンカルチャー(Oneculture)」を設立する。

ブランド設立から1年後、アルヴァレスはブランド名を「ブルーマーブル」へと変更した。「ワンカルチャー」というブランド名が、彼の目指す方向性と合っていないと感じからだった。確かに現在のブルーマーブルのコレクションを見ると、多面的ファッションであり、「ワンカルチャー」とは言えない。

「ブルーマーブル」というブランド名は、1972年にアポロ17号の乗組員によって、地球からおよそ2.9万kmの距離から撮影された地球の写真 “The Blue Marble”から着想されたものだった 。多様な価値観と人々が暮らす青い地球を写した写真は、まさにアルヴァレスの美学に合致するものだ。名前の変更が、ストリートウェア、スポーツウェア、クラシックが融合するメンズウェアが真に誕生したことを告げる。

ファッションの有名学校を卒業し、世界に名を轟かす人気ブランドでキャリアを重ね、自身のブランドを立ち上げる。アルヴァレスの歩んだ道は、ファッションエリートとはまったく異なるものだ。しかし、自分の生きる道が目標に向かって順調で真っ直ぐとは限らない。一見無駄に思えた歩みであっても、後に財産をもたらすことがある。アルヴァレスは金融の仕事を辞め、世界を旅する中でフィリピンを訪れた際に、ブランド設立を決意させるマニラの職人芸と伝統に出会えたのだから。彼の道のりが証明したのは、人生の可能性とは言えないか。

2024AWコレクションのテーマとなった映画『悪夢の香り』の主人公、フィリピン人青年の名はキドラット・タヒミックと言う。監督であるキドラット・タヒミックが主演もこなしたのだ。いくつものカルチャーが交差するブルーマーブルのスタイルは、多様なルーツを持ち、迷いながらも生き、様々な体験を重ねたアルヴァレスそのもの。フィリピンの生んだ映画監督と同様に、アルヴァレスもコレクションに自身を投影させていく。ファッションとは、人生を表す物語である。

〈了〉

*参考資料
Tatler “Blue Marble’s Anthony Alvarez Talks About His Journey Into The Fashion World”

 VOGUE “Meet Anthony Alvarez, The Pierre Bergé Prize-Winning Creative Behind Bluemarble”

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