ランラは時間を過去に戻して現代を更新

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AFFECTUS No.499

先日、アマゾンのPrime Videoで視聴した映画『Air/エア』が面白かった。監督はベン・アフレック(Ben Affleck)、主演はマット・デイモン(Matt Damon)という、1997年公開『グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち(Good Will Hunting)』で共同脚本を手がけ、アカデミー賞脚本賞も受賞した盟友による作品で、「ナイキ(Nike)」のバスケットシューズ「エア ジョーダン(Air Jordan)」誕生の実話を描く物語になる。

舞台は1984年のアメリカ。NBAのシカゴ・ブルズ(Chicago Bulls)からドラフト全体3位で指名されたマイケル・ジョーダン(Michael Jordan)との契約を巡り、巨大スポーツメーカーが競い合う。

当時のナイキはバスケットボール部門が低調で、1984年バスケシューズの市場シェアは、1位コンバース 54%、2位アディダス 29%で、ナイキは17%と後塵を拝していた。ナイキの不振部門を立て直す人物として、CEOのフィル・ナイト(Phill Night、ベン・アフレックが演じる)が指名した社員は、マット・デイモン演じるソニー・ヴァッカロ(Sonny Vaccaro)。ヴァッカロにとってジョーダンとの契約はぜひとも実現したい、社運を賭けたものになる。

しかし、ジョーダンは「アディダス(Adidas)」の大ファンで、契約の第1希望はもちろんアディダス。次に優勢だったのが「コンバース(Converse)」となり、彼にとってナイキは眼中にない存在だった。しかし、結果的にジョーダンはナイキと契約する。その後、エア ジョーダンが達成した業績はもはや伝説だ。圧倒的不利と言える状況を、ヴァッカロたちナイキはどのようにひっくり返したのか。実話をもとにした展開が興味深い作品だった。

この映画を観ていない方のために詳細を述べることは控えるが、視聴後に感じたことは、常識は従うだけでなく、時には大胆に飛び越える必要があるということ。これはファッションにも言える。

2024AWシーズンのファッションウィークで、見慣れない名のブランドが目にとまった。アイスランド出身のアルナル・マール・ヨンソン (Arnar Már Jónsson)と、イギリス出身のルーク・スティーブンス(Luke Stevens)が、2017年に設立した「ランラ(Ranra)」である。

ランラの特徴はアウトドアテイストだ。ヨンソンが育った母国の過酷な自然と、スティーブンスが育ったイギリスのファッション性が融合したと思わせる、テクニカル&アーバンなアウトドアスタイルと呼べる個性がランラにはある。

自然環境と都市環境のハイブリッドウェアは色のコンビネーションに特徴があり、2024AWコレクションはそこはかとなく上品さが滲む。オフホワイト、ブラウン、グリーン、イエローグリーン、オレンジ、テラコッタなど、ランラの色使いに明るさはあっても鮮やかではなく、穏やかではあっても暗くはない。激しさと静けさの狭間に位置する色彩だ。

フードを取り付けたブルゾン、シーリングテームで仕上げた縫い目、フロントを開閉するジップ、表地に使われた合繊素材、スキッパータイプのトップス、動きやすさを考慮したシルエット、服を作り上げている要素の一つひとつにアウトドアの香りが濃く漂う。

ランラの服は上品なアウトドアウェアである一方で、現在みたいにアウトドアウェアがファッショナブルな服として扱われる以前の、街着としては野暮ったいとされた時代のデザインの残り香も匂う。

アウトドアウェアは、今では日常的に着られることが当たり前の服になった。しかし、1990年代後半のアントワープ派が世界的に注目されていた時代や、エディ・スリマン(Hedi Slimane)のロック&スキニーが猛威を震っていた2000年前半は、マウンテンパーカを普段使いすることにはまだ抵抗があった。それがアウトドアウェアの常識だった。

だが、時代は変わる。「ザ ノース フェイス(The North Face)」がファッショナブルなブランドとして認知され、日本国内では「ハイク(Hyke)」のようなコレクションブランドとのコラボレーションが大人気になるとは、25年前には想像もできなかった。

アウトドアウェアに潜むファッション性に惚れたストリートキッズや、アウトドアウェアにモード性を取り入れた「ホワイトマウンテニアリング(White Mountaineering)」や「アンドワンダー(And wander)」は、世の中が思う以上にファッション史の中で重要な役割を果たしている。

そしてランラは、優れたファッション性を持つようになったアウトドアウェアを、過去の野暮ったさに少しだけ戻す新しさがある。本来なら、過去のダサさは魅力的なものではない。しかし、雑然とした装いがフレッシュに感じられる時があるのだ。今が常に新しいとは限らない。ランラは常識を飛び越えていく。かつてのナイキがそうであったように。

〈了〉

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