視線を合わせられないアンダーカバーの男たち

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AFFECTUS No.500

人には、忘れることのできない愛するドラマがきっとあるだろう。私にとっては『SPEC(スペック)〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』(2010年)が該当する。今から14年も前に放送されたドラマであり、私がDVDを購入したドラマは後に先にもSPECだけ。戸田恵梨香と加瀬亮が演じる刑事二人が、超能力を使った特殊事件を解決していく物語は、謎が謎を呼ぶ展開とその特殊能力に惹きつけられ、『ジョジョの奇妙な冒険』へのオマージュを思わせる演出があったり、ドラマが放送される金曜22時がいつも待ち遠しかった。

「アンダーカバー(Undercover )」の高橋盾は、デヴィッド・リンチ(David Lynch)監督によるアメリカのドラマ『ツイン・ピークス(Twin Peaks)』の愛好家として知られる。1月に発表された2024AWメンズコレクションは、高橋が愛するドラマのエッセンスが反映されていた。私はツイン・ピークス自体は知っているが、一度も視聴したことはない。しかし、アンダーカバーの最新メンズコレクションには惹きつけられた。なぜ、私はこのメンズウェアに魅力を感じたのか、いったい何に心が揺れたのか、それを考えてみたいと思う。

まずは発表されたスタイルに言及していこう。

コレクションはメンズウェアのオーソドックスを網羅していく。スーツ、シャツ、ステンカラーコート、アワードジャケット、フーディ、Gジャン、ジーンズ、ライダース、キルティングウェアと、ドレスからカジュアルまでメンズウェアの領域を幅広くカバーし、シルエット自体はシンプルな輪郭に収めている。

ベーシックなアイテムに、アンダーカバー得意の妖気をはらむグラフィックが乗っていく。最新ウェアを妖しく彩る源泉は、もちろんツイン・ピークスだ。物語の主人公であるFBI特別捜査官デイル・バーソロミュー・クーパーのポートレートが、ジャケットの身頃やポケット、シャツの左胸、フードブルゾンの後ろ身頃に、大小様々なサイズでプリントされている。

他にもツイン・ピークスの人物は登場する。この物語の発端となる殺人事件の被害者、17歳の女子高校生ローラー・パーマーのポートレートも、クーパー同様に多くのアイテムに展開されていた。ローラーに関しては、生前の姿だけでなく、死体として発見された時の表情をプリントしたグラフィックも使用され、テキスタイルはドラマの不穏な空気を宿していた。

グラフィカルなデザインは、ポートレートだけでは終わらない。ツイン・ピークスの舞台となったアメリカの田舎町を思わす自然風景を、白と青みがかった黒の2色で表現したグラフィックも生地の全面にプリントされている。

今コレクションはグラフィックの印象が強いが、スタイル自体が魅力的だ。トラッド、アウトドア、ワークウェアがストリート感あるボリュームで作られ、クラシックの厳格さとは無縁のルーズな装いが映える。

しかし、私が今回のアンダーカバーに最も惹きつけられたのはアイテムではなかった。服を着たモデルたちの姿、厳密に言えばモデルたちの表情だ。ルックに登場する男性モデルたちのほとんどが、カメラに視線を合わせていない。顔が斜めを向いていたり、目が下を向いていたり、顔は正面を向いているのだが、視線は横にずれている、もしくはサングラスを掛けて目元を隠すなど、人と目を合わすことができない人物が写し出されていた。

中にはカメラに視線を合わすモデルもいるのだが、体の向きが斜めを向いており、他人と対峙することを恐れているかのようだ。いや、恐れというものは感じていなく、無自覚で体が正面を向くことのできない。そんな人物に見えてしまう。

ファッション最大の魅力は、もちろん服そのものだ。しかし、服から発せられるイメージに魅せられることも多いのがファッションであり、ブランドは服を作り、人物像を作っていく。デザイナーが描く人間の中に自分と重なるものを見出し、「これこそ自分のための服だ!」と確信する。イメージに魅了されるファッションは、時には服そのものから得られる感動より大きいことがある。

私は不穏なものに心が揺れてしまう。明るく楽しい物語が嫌いなわけではないが、好きな物語は暗さがどこかに匂っている。冒頭で触れたSPECも、物語の始まりから不穏さが漂っていた。戸田恵梨香が演じる刑事の当麻紗綾は、怪我を負った左腕を三角巾で吊るし、片手が自由に使えない不自由さの中で事件の真相を追いかける。当麻紗綾のパートナーとなる加瀬亮が演じる刑事の瀬文焚流は元SIT小隊長だが、部下を誤射したと疑われ、左遷させられている。二人の刑事が持つ謎は徐々に明らかになっていき、そこに物語の醍醐味が潜む。

高橋盾が描き出す男たちには、世の中に生きづらさを感じながら生きる男の儚さがある。世の中の常識の中で「生きたくない」ではなく、世の中の常識の中では「生きられない」という男たちだ。

アンダーカバーのメンズウェアには、そんな男たちを肯定する優しさが滲む。不穏な空気の背後にあるのはあたたかさ。けれど、それは全面に出さず覆い隠す。その暗さが美しさとなって、私の心を揺らしたのだ。暗さは、時に人の心を照らす。高橋盾はメンズウェアを通して、そのことを教えてくれる。

〈了〉

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