AFFECTUS No.502
個性的な服というと、形や素材、色やディテールなどアイテムの構成要素をダイナミックに仕上げるデザインを思い浮かべる。だが、シンプルな形、伝統のファッションを用いても、インパクトは生み出せる。クラシック×ストリートといった具合に、ギャップの生じるスタイルを掛け合わせることで、シルエットや色使いがオーソドックスであっても、新たなファッションを生み出すことは可能だ。
思い起こせば、初期の「ラフ シモンズ（Raf Simons）」も服そのものはシンプルだった。スクールテイスト、ロック、少年性、シモンズはいくつものイメージを混ぜ合わせることでメンズウェアを革新し、男性のファッションを拡張する。ミックスというアプローチは、ファッションの醍醐味と言えるだろう。
そんなファッションの醍醐味を感じさせるコレクションが、2024AWシーズンのニューヨーク ファッションウィークで発表される。2017年設立のウィメンズブランド「スノー シュエ ガオ（Snow Xue Gao）」は、アメリカの伝統であるトラッドファッションとベースボール、そこに瑞々しい若さをミックスさせて、ベーシックな服で個性を作り上げていく。
東洋と西洋の芸術運動やコスチューム文化に大きな影響を受け、文化的で時代を超えた要素の衝突から生み出されるファッション。それが、中国系アメリカ人のスノー・シュエ・ガオが掲げるブランドコンセプトである。中国で育ったガオはニューヨークに移り住み、パーソンズ美術大学（Parsons School of Design）でファッションデザインの修士号を取得する。二つの国で体験した文化と伝統が、ガオのデザインに彼女が述べるところの「二重性」を生み出す。ガオにとって、異なるカルチャーの一体化は服作りのアインデンティティと言えるものだ。
そしてガオの二重性は、最新2024AWコレクションでは三重性、四重性と言いたくなる深みと厚みを作り出すにまで至っていた。だが、服の外観は非常に軽快だ。1stルックを飾るのは、メジャーリーグの超名門ニューヨーク・ヤンキース（New York Yankees）のロゴが刺繍されたニットキャップと、チェック柄素材で仕立てたテーラードのダブルブレステッドコート。一方はアメリカスポーツの伝統でキング的存在、もう一方はアメリカのトラッドファッションを代表する生地とアイテム。異なる世界線のアイテムが、一つのスタイルとして結びつく。
ベースボールを主張するアイテムは、ニット帽子の他にはキャップも発表されているが、帽子以外のアイテムは発表されていない。ロゴ帽子だけが、アメリカの伝統スポーツを表す。だが、それだけで十分だ。ワールドシリーズ優勝回数27回と、優勝回数11回のセントルイス・カージナルス（St. Louis Cardinals）を大きく突き放す圧倒的実績を持つ球団を象徴する、アルファベットの「N」と「Y」が重なるロゴだけを使えば、アメリカのベースボールカルチャーが連想されてくる。
ましてやニューヨークは、ガオにとって学生時代を過ごした大切な場所。ニューヨークの人気球団のロゴを使うことで、自身のアイデンティティをアメリカの伝統を反映する二重性が組み込む。スポーツをファッションに取り入れるとなると、様々なアイテムや要素を持ち込むことが一般的だが、圧倒的存在感を持つものならば、一つの要素（ロゴ）だけで表現できることをガオは証明した。
また、このコレクションで発表されたトラッドファッションは、シックな雰囲気とは真逆の方向性に振られている。1stルックに使われたチェック柄は何度も登場し、毛足の長い素材で格子模様を表しているためにフェミニンな表情が生まれ、成熟した人間像とは異なるガールズ的ムードが漂う。
若さはアイテムでも表現されていた。ミニスカート、短い白ソックス、レトロなローカットスニーカーや黒いローファーは、いずれも学生を連想させるスクールアイテム。ワンピースもヴィンテージ調の花柄素材で作られ、アメリカンカジュアルの王道を見る思いだ。
このようにガオのデザインは、ファッション・スポーツ・エイジといくつもの要素を混ぜ合わせるが、服のシルエットやディテールはとてもシンプルなのだ。ミックスカルチャーのスタイルを、ベーシックな形で作っているために重さは感じられず、むしろスポーティな印象さえ覚える。
ガオのコレクションを見て最初に感じるのは、きっと「かわいさ」ではないか。私はそうだった。だが、ウィメンズウェアならではの感性を作り出した背景には、重厚なアプローチが存在していた。極めて複雑な構造、難度の高い技術だけが、ファッションの個性を作るわけではない。そのことを、ガオの最新コレクションで改めて感じることになった。スノー シュエ ガオの創造性が、常識で凝り固まった頭を解きほぐしていく。
〈了〉