展示会訪問が落ち着き始めた2月の第3週、展示会の案内を知らせる1通のメールが届く。2024AWコレクション展示会のインビテーションで、件名には「新ブランド」の文字が記されていた。ブランドの名は「ユース オブ ザ ウォーター(Youth of The Water)」。開封すると、1枚のビジュアルが飛び込んでくる。
*Youth of The Water 2024AW Collectionより
モノクロ写真に写っているのは、髪の毛を綺麗に撫でつけて口髭を生やし、手元の作業に集中している男性だった。彼が着ているのは、左右に大きな胸ポケットがついたワークジャケットらしきアイテム。モノクロのために、服の色は判別できない。しかし、この写真を1枚見ただけで、私は展示会に行こうと決意する。その時点では、新ブランドであることでしかユース オブ ザ ウォーターの情報を知らなかったが、モノクロのビジュアル1枚が私の心を動かしたのだった。
写真だけを見れば、なんとも地味な写真だ。とてもファッションブランドのビジュアルとは思えない。何かの記録を撮影しているようにも見える。だが、物静かなビジュアルにはユース オブ ザ ウォーターの世界観が確実に現れていた。コレクションに派手さはないのかもしれない。けれど、実直な服作りによって完成された、味わい服があるように思えたのだ。一瞬にして浮かんだ想像に、心がざわつく。
インビテーションを読み進めていくと、デビューコレクションのテーマ・ブランド名の由来・デザイナーのプロフィールという順番で、新ブランドであるユース オブ ザ ウォーターの情報が明らかになっていった。
順を追って触れていこう。
デビューコレクションである2024AWコレクションのテーマは、マサチューセッツ州ネイティックの米軍研究施設で、1960 年代後半から 1980 年代前半にかけて記録された、ユニフォームテーラリングの考え方がインスピレーションとなっていた。
この研究施設があるネイティックという地名は、マサチューセッツ族インディアンの言葉からきており、「我々が探す場所」 という意味合いがあるとのこと。
やはり写真から感じたイメージは間違っていない。文章を読んでいくと、見た目はシンプルながらも、細部に至るまでデザイナーの思考が詰められた服が浮かび、再び私は高揚感を覚える。
ブランド名の由来は、中国唐代の文筆家、陸羽の著書である茶経で表現された「華」
という言葉を英語表記にしたものだった。
「クラフトマンシップが提示しうる多彩な可能性を、伝統的な方法と、従来の型にはまらない方法の両面から探求し、本質的で誠実なモノづくりを目指しています」
服作りの姿勢について書かれた文章が、ユース オブ ザ ウォーターのイメージを作り上げていく。その感覚は、服を実際に見ていないにも関わらず、ブランドのスタイルが目の前で形を成していくようだった。
そして最後に明記されていたプロフィールで、デザイナーの詳細が明らかになる。
1995年生まれで東京出身の上田 碧 (ウエダ アオ)は、セツモードセミナー、パーソンズ美術大学、文化服装学院などでファッションデザインを学ぶ。卒業後は、株式会社コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)に入社し、「ジュンヤ ワタナベ マン(Junya Watanabe Man)」でパタンナーを5年間務め、退社後に株式会社ユース オブ ザ ウォーターを設立する。
インビテーションの情報を頭に入れ、2月22日に表参道駅からほど近い展示会場を訪れると、服を着せつけたボディは1体もなく、全11型の服がラックに掛けられ、壁にはデビューコレクションを撮影したルック写真と、インスピレーションとなった物質のモノクロ写真が展示されていた。淡々とした物静かな雰囲気はまるで博物館を思わす。
デザイナーの上田との挨拶を終え、コレクションの解説が始まる。先ほど述べた通り、デビューコレクションの2024AWコレクションは、アメリカに実在したユニフォームの研究施設が着想源となっている。当時のミリタリーウェアはテーラーが製作しており、テーラーが作るがゆえの効率の悪さやディテール、構造があったそうだ。ユース オブ ザ ウォーターはその不完全さを否定するのではなく、あえてコレクションに取り入れて、テーラーリングの技術や構造も加えて、ファッションのスタンダードを作り上げる。
デビューコレクションを象徴する素材が生機(きばた)だ。生機とは、仕上げ加工や染色を施す前の生地のことを指す。ユース オブ ザ ウォーターは生機のクオリティを高めるために、原料には世界三大高級綿の一つに数えられるギザコットンを100%使用し、通常の生機では混じってしまう綿花のかすを取り除く。そうして純度を高めた生機生地でシャツとパンツを仕立てる。
シャツの前立てに注目すると、みぞ落ちあたりからボタンが隠れる比翼仕立てに変化していた。観察することで発見する仕掛けが、ユース オブ ザ ウォーターには点在している。
デニムなどの厚手生地を縫う際に使われる巻き縫いのテクニックを、薄手の生機生地にあえて使うことで、縫い目に皺が寄る状態=パッカリングを生み出し、テーマの未完成を表現する。シャツは細部にも特徴が見られた。胸ポケットの上部はステッチを施すのがスタンダードな仕様だが、ユース オブ ザ ウォーターではステッチを省き、ポケットをソフトな仕上がりに持っていく。
元来あった服の機能を高める構造も、ユース オブ ザ ウォーターは行う。生機を使用したアイテムの一つ、空軍のラインマン(飛行機の着陸を地上から旗を上げて指示する人物)が着用する服に注目しよう。
元来このアイテムは、身頃から袖が一続きのパターン=キモノスリーブになっていたのだが、ユース オブ ザ ウォーターでは袖下に長方形のマチを組み込むことで腕の可動範囲を広げるパターンに作り変え、腕の上げやすさを向上させている。
サーマル生地を使ったアンダーウェアも、くるみボタンを使用し、トップスは襟ぐりは通常より深く、ボトムはカマーバンドを彷彿させる仕様にするなど、カジュアルアイテムをドレスアップさせる。
ジーンズにも未完成の美学を持ち込む。通常、ステッチを縫う際はミシンの上糸と下糸の色を揃えるものだが、昔のジーンズはその辺がアバウトで、ステッチの色が違っていることが珍しくなかった。上田はそのストーリーに注目し、縫製工場にはジーンズのステッチの色を具体的には指示せず、どんな色を使うかはその時の工場の状況で最も使いやすい色を選んでもらうようにした。そのため、今回のジーンズでは紺と生成色が使われたステッチが施される。
一見布帛に見えるワークジャケットだが、これはニットを使用しており、芯には接着芯は使用せず、フラシ芯を用いて風合いの柔らかさを演出する。ここでもテーラリングの仕様をカジュアルアイテムに持ち込む。
カジュアルの王道と言えるロゴTシャツだが、ロゴ部分がプリント仕上げではなかった。近づいて文字を見てみると、立体的なことに気づく。これは、フェルトで作ったロゴをステッチで縫い留めたものだった。見慣れたロゴTシャツが、立体ロゴで新鮮な表情を生み出す。
フードのミリタリーブルゾンは、デビューコレクションのテーマとなった時代に作られたテストサンプルを上田が入手し、完全再現したものだった。フロントのジップを開閉することで、ライナーを取り外すことが可能な作りだ。世に出ることのなかった服を、現代に送り出す。それは、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)にも通じる思想に思えた。洗練されていないことも個性。それもユース オブ ザ ウォーターの美学である。
綺麗な発色のジャケットは元々はゴム引きの生地で作られ、かなり硬いものだったそうだ。それをオイルドのリップストック生地に変更して縫製し、より着やすく使いやすいアイテムに作り変えた。私が個人的に最も魅了されたアイテムは、カーキジャケットだ。着用した際のシルエットを例えるなら、「無個性の美しさ」だろう。着丈も身幅も、驚くべきボリュームやフォルムがあるわけではない。いたって普通。だが、その普通がなんとも味わい深く、静かな美しさが肌から体の芯に伝わっていく。
ユース オブ ザ ウォーターの服に華やかさは皆無。だが、服を慈しむ感性が散りばめられ、ディテールや素材に施されたささやかな仕掛けが、服への愛を語る。上田の服作りは、トレンチコートやカーゴパンツのように、外観の情報量が多いアイテムになればいっそう輝く予感がする。
次シーズン以降、上田はどう進化していくのだろう。願わくば、実直な姿勢による実直な服を作り続けてほしい。服を着るのではなく服を味わう。それが、ユース オブ ザ ウォーターというブランドだ。
Instagram:@youthofthewater