大槌刺し子が愛着ある
スニーカーの寿命を伸ばす

展示会シーズンが始まると、私は銀座線の使用頻度が多くなる。表参道駅や外苑前駅から徒歩圏内の場所が、ブランドの展示会場になっているケースが多いからで、中目黒を会場に選ぶブランドもあるが、やはり一番多いのは表参道と外苑前である。2月8日、その日は日本の伝統技術をメンズウェアに仕立てる「クオン(Kuon)」の2024AW展示会を訪れる日だった。

クオンのデザイナー石橋真一郎さんは、パリでコレクションを発表するブランドにてパタンナーを務めていた実力者で、彼のデザインするワークテイストの服はいつ見ても惹かれる。ストリートな感覚も混じっていて、いい意味で都会感が薄く、洗練とは違う美意識が私の心を捉えていた。そんな服に和の香りが漂う素材や柄、技術が乗っていき、クオンはモードを発信していく。

外苑前駅から10分ほど歩き、展示会場の建物が見えてきた。建物の方を見ると、クオンの創業者であり、同ブランドを運営する「MOONSHOT(ムーンショット)」代表の藤原新さんが何やら路上に立ち、電話で話していた。近づくと私に気づき、お互いに会釈をする。すると、だ。私が視線を下げた先に、藤原さんが履いているスニーカーが視界に飛び込んできた。

「なんだあれ…いいな…」

一見すると「ニューバランス(New Balance)」の靴なのだが、アッパーのデザインは見たことがない。様々な素材がパッチワークされ、様々な色の太番手ステッチが縦横無尽に施され、荒々しい不調和がスニーカーに荒々しい個性を生んでいた。

スニーカーが気になりながらも電話中の藤原さんを横目に、私は会場の2階へと上る。2階の展示会場にいた石橋さんとの挨拶を終え、今回のコレクションテーマを伺い、アイテムを1点1点見ていく。服の構造線に和が漂う。柄を使わず装飾効果を果たす。それが石橋さんの、クオンの服と言っていい。最新コレクションにも、その技術と感性が光る。

褪せたコーデュロイのワークブルゾンに、服の味わい深さが宿る。鮮烈な赤のフーディも袖のフォルムにも着物のようにフラットで流動性のある動きを作り、パターンワークに味付けを加え、和とモードの邂逅がクオンスタイルを作り上げていく。

コレクションを一通り見終えたころ、電話を終えた藤原さんが2階に上ってきた。近況を話しながら、話題はあのスニーカーへ移っていく。話を伺うと、あの太番手のステッチとパッチワークが交差する一足は、藤原さんが行うクラウドファンディングのリターンとして試作されたスニーカーだった。

そのクラウドファンディングとは、クオンのアイテムでもお馴染みの刺し子に関するプロジェクトである。

「震災復興から生まれた刺し子プロジェクトをブランドに! 15人のお母さんの挑戦!」 

岩手県大槌町(おおつちちょう)で、東日本大震災の復興支援の一環として始まったのが「大槌刺し子(旧、大槌復興刺し子プロジェクト)」になる。岩手の街で育まれた刺し子の技術が、最先端のファッションを作る一躍を担ってきた。そして藤原さんが大槌刺し子と取り組み始めて12年目を迎えた今、刺し子の新たなる可能性を切り拓くために、今回のクラウドファンディングが3月11日から始まった(4月30日まで)。大槌刺し子の新しい可能性を示すプロダクトの一つが、先述のスニーカーということになる。

なぜ、私は大槌刺し子のスニーカーに一瞬のうちに惹かれたのだろうか。アイテムの写真を藤原さんから提供してもらったので、刺し子が施されたスニーカーの写真と共に、このスニーカーに惹かれた理由を、自分の心のうちをファッションデザインの現状と共に考えていきたい。

太番手のカラフルなステッチが束縛から解き離れたように乱雑で、無造作で無頓着なステッチがアッパーを縦横無尽に走り、ソールに侵食してはアッパーに戻る。

私が愛するファッションはミニマリズムであったり、シンプルでクリーンな外観のものだ。しかし、ご覧の通りこのスニーカーは私の趣向とは完全に異なる。それにもかかわらず、惹かれたのはなぜなのだろうか。その理由は、自分の趣向を愛でる以上に、ファッションのパワーを感じたいと心の奥底で渇望していたからではないか。

現在ファッション界では「クワイエット ラグジュアリー」と呼ばれる、高級で上質、シンプルさが美しいラグジュアリーウェアが注目されている。ベーシックなニットが最高峰の素材で編まれて、厳かにエレガンスを漂わす。美しさは主張するのではなく、匂わすもの。そう語るようにクワイエット ラグジュアリーは静かに佇む。

だが、ある一つのスタイルがトレンドとして続けば、別のデザインを欲してしまう。私は「強いファッション」が見たくなっていた。

2024年3月3日、パリファッションウィークで発表された「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」2024AWコレクションは、圧倒的圧力の黒い造形を発表する。闇よりも深く濃く黒いフォルムは、シンプルで上質なクワイエット ラグジュアリーの波をすべて飲み込んでいくように力強い。

同年3月5日に発表された「マリーン セル(Marine Serre)」は、スポーツ・ワーク・コンサバ・トラッドなど、服装史を彩り、世界中にファンがいる様々なファッションを境界などないように一つにまとめ上げ、ポップなカオスを作り出す。

2月4日に訪れた「オールモストブラック(Almostblack)」2024AWコレクションの展示会では、現代書家の井上有一とコラボレーションし、ダイナミックな毛筆が硬質で力強いシルエットに乗り、飛び散る墨汁の飛沫を模したブルゾンが美しくパワフルだった。

今、ファッションデザインにパワーが満ちてきている。それを物語るように、2024AWシーズンはビッグシルエットの復権が目立ち、服は力を誇示し始めた。

現在の私はパワーとエネルギーを形にする服や靴に惹かれる。そんな自分だからこそ、大槌刺し子が荒ぶるスニーカーに目が離せなかったのだろう。

現代ファッションの文脈的価値を含む一足。そう述べるのは大袈裟だろうか。しかし、そう感じてしまったのは事実だ。ファッションは人間の数だけ答えがある。ある人の大好きは誰かの大嫌いであり、ある人の大嫌いは誰かの大好きでもある。ファッションには、あらゆる人間の感性を認める愛情がある。私はそんなファッションが大好きだ。日本の技術が、愛する一足の寿命をさらに伸ばす。岩手県の小さな街で育まれた伝統技術が、現代ファッションを更新する。

〈了〉

「震災復興から生まれた刺し子プロジェクトをブランドに! 15人のお母さんの挑戦!」

 

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