マリーン セルは世界のすべてを愛している

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AFFECTUS No.506

2016年に設立し、デビューコレクションを発表すると、わずか25歳で2017年に「LVMH プライズ」グランプリを獲得し、瞬く間に世界中のセレクトショップで取り扱われるようになった「マリーン セル(Marine Serre)」。ブランドの代名詞となった三日月プリントのセカンドスキントップスは、今や女性たちの人気アイテムとなり、Instagramのフォロワー数も70万人を超えるまでになった。ここまで順調な成功ストーリーには、なかなかお目にかかれない。

3月4日、パリ ファッションウィーク 2024AWで発表された最新コレクションは、マリーン セルにしては珍しく黒一色のブラックスタイルから開幕した。ファーストルックは、ニットファーがついたブラックのレザーコートという重厚感ある装い。だが、その後に続くブラックスタイルはマリーン セルならではのルックが展開される。

黒いブラトップとショーツの上には、肌を透かすシアー素材のワンピースをレイヤード。細く長いシルエットのワンピースは、袖口と裾にファーがトリミングされ、スポーツとクラシックが一体になっていく。黒いレンズのサングラスを掛けた女性モデルは、これまたスポーティなブラトップとショーツのセットに、幾何学柄をプリントした薄手素材のボディースーツを重ね着し、黒いパファージャケットに袖を通す。その姿は、ラッパーのセクシースタイルと言うべき個性を放つ。

今回のコレクションには、マリアカルラ・ボスコーヌ(Maria Carla Boscone)やケイト・モス(Kate Moss)といった成熟したキャリアを持つ実力派モデルが起用されていたのだが、彼女たちの装いも黒を軸にしたスタイルで渋さが際立つ。ボスコーヌはスポーツライクなブルゾンとパンツのセットアップで、クリーンな服装を好む女性ラッパーという雰囲気で、モスは白いオーバーサイズシャツに、三日月プリントを施したワークジャケットを羽織り、なんとも泥臭いスタイル。

メンズルックもオールブラックのスーツ姿が登場した。ジャケットとパンツの生地には幾何学模様が表面に現れ、ヤクザな雰囲気が匂い立つ。

コレクションは中盤から、ガーリー、コンサバ、トラッドと服装史の教科書を眺めるように、ファッション史の名作スタイルがランウェイを闊歩していく。モデルたちの性別・年齢・人種も様々だ。

終盤に差し掛かると、爬虫類の皮膚を思わせるテキスタイルが主役のルックが、次々と登場する。一般的には爬虫類を好む人は少ないかもしれないが、愛する人たちもいる。マリーン セルは人々の趣向という体の内側に潜むものも網羅していく。

混沌としたコレクションにも感じられるマリーン セルのデザイン。しかし、不思議と調和が感じられる。三日月プリントや、色彩と柄のミックスなどマリーン セル得意のカオスを形にするテクニックが至るところで使用されているために、一見するとバラバラなファッションがリンクしている。このアプローチが、混沌と調和が同時に成り立つ要因になっていた。

マリーン セルは体型や肌の色といった目に見えるものから、趣向や美意識といった目に見えないものまで、人間の外と内にあるものすべてを愛している。そう思えるほど、コレクションには多様な個性が披露されていた。スタイルも同様だ。様々なファッションが、ランウェイを歩く。マリーン セルはすべての人々、すべてのファッションを愛しているのだ。

今や一人の人間の中にも様々な趣向が入り乱れている時代。今日はストリートで、明日はクラシック。毎日着る服が、統一されていなくたっていい。むしろ、統一されていない混沌さがカッコいい。マリーン セルは、これまでのファッションが持っていた常識を書き換えていく。ただし、上書きされた常識は、アヴァンギャルドな造形ではなく、デイリーに着られる形に作り、私たちに届ける。マリーン セルは決して現実を蔑ろにしない。シニカルなユーモアとも言うべき、冷たさと面白さが交差するコレクションは、変化と競争の激しいモードシーンを軽やかに駆け抜ける。

縛られたくない。そんな心を優しく守る服。それがマリーン セルだ。

〈了〉

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