AFFECTUS No.507
「ロロ ピアーナ(Loro Piana)」と聞くと、私にはイタリアの生地ということが真っ先に思い浮かぶ。スーツのための上質で高級感にあふれた生地を作るブランド。そのイメージしかわかない。だからロロ ピアーナを服を作っていると言っても、これまでアパレルラインのルックは見たことはあるはずだが、記憶にまったく残っていなかった。裏返せばそれは、ロロ ピアーナのコレクションは特別な特徴を感じることのない服だったという意味になる。あくまで私にとってだが。
しかし、だ。そんな自分のイメージが完璧に覆される。ロロ ピアーナがいい。本当にロロ ピアーナのコレクションがいいのだ。
「いったいどうした!?ロロ ピアーナ!?」
心の中で私はそう叫んでいた。ファンのみなさんには怒られてしまいそうだが。
私がロロ ピアーナの変化に気づいたのは、昨年発表された2024SSコレクションだった。シックなスーツの上質な生地を作る会社が、驚嘆する造形や奇想天外な色や柄使いの服を作るとは思っていない。生地の特性を活かした、シンプルで綺麗な服を作るのだろう。そう考えていた。実際に、2024SSコレクションのロロ ピアーナはそんな服を発表していた。
しかし、2024SSコレクションのロロ ピアーナは違っていた。確かに服そのものは上質な生地を活かすシンプルデザインで、一見するとベーシックな服の連続。だが、服の細部を見ていくと、ところどころにモダンな美しさが滲んでいたのだ。その要素を最も感じるのはウィメンズである。
一つのルックを取り挙げよう。
モデルは渋いグリーンのシャツを第一ボタンまで留めて、裾をタックインしている。シルエットがなだらかで美しく、上品さに満ちている。コンサバな上品さではない。このシャツのシルエットこそ、モダンと言うのだろう。シャツの袖をよく見ると、ある変化が起きていたことに気づく。肘あたりから、生地は同系色のグリーンのニット生地に切り替わっているのだ。身頃の緩やかなシルエットは、肘から先は腕にフィットしたシルエットに変化している。しかも、その変化が実に自然でスムーズ。素材が切り替わっても、シャツの形に違和感はない。
パンツは、カマーベルト型のウェストにデザインされていた。フロントの開き部分には、ボタンが3つ几帳面に並ぶ。ハイウェストのパンツは、ウェストラインの切り替えからタックを一本作り、布のヒダはセンタープレスとなり、折り目をつけたまま裾までなだらかに続く様子は、中世のヨーロッパの貴族を思い浮かべるエレガンス。だが、生地の質感と色はまさに現代である。
全体の佇まいが不思議だ。先ほど述べた中世のヨーロッパ的香りがするのに、ニューヨーク発のクールかつキレのあるファッションが混ざっている。ロロ ピアーナはパターンに味付けを施すことでモダニティを演出し、クラシックな生地でクラシックスタイルを作っている。驚くべきデザインではない。だが、見事なまでにエレガントだ。とにかく服の佇まいがいちいち美しく、古臭さに陥らずクールなカッティングで痺れさせる。
この見事な美しさは、2月に発表された2024AWコレクションでもとびっきりに輝く。メンズはジャケットがスタイルの中心。だが、ネクタイが一度も登場しない。発表された25ルックに、ネクタイルックが一枚もないのだ。ロロ ピアーナのようなスーツの生地を作るテキスタイルブランドが、スーツの要であるネクタイを使用したスタイリングを披露しないとは。もうこれだけでお腹がいっぱいのコンテクスト的面白さだ。「ネクタイのないスーツルック」と言え、スーツ的高級感・上質感で統一されつつも、クラシックには振れすぎない。
そして、現在のロロ ピアーナのセンスが最も冴えるのはやはりウィメンズだ。
イタリアブランドらしいクラシックなファッションを軸に民族衣装、乗馬服など、シックなスーツスタイルとは別軸のファッションのエッセンスを取り込み、古典的であり挑戦的。色彩豊かなツイードとも言うべき生地を用いたウィメンズルックは、ブランド名を聞かなければ、ロロ ピアーナとはわからない洗練と挑戦が一体化したスタイルだ。
クリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)を彷彿させる、ドレープ性で構築的なフォルムを作り出した白いシャツは、伝統の服であり最先端の服。どのアイテムも、センスにあふれているウィメンズウェアである。
なぜこれほどまでに、クールなコレクションが製作されているのだろうか。いったい、どんな人物がデザインチームのリーダーを務めているのか。謎が謎を呼ぶファッションミステリーを綴るロロ ピアーナ。私はこの物語の続きを早く読みたい。
〈了〉