アシックス ノバリスの絶妙で奇妙なバランス

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AFFECTUS No.515

キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)の活動は、いつも気になってしまう。最近で最も驚いたニュースは、3月23日、東京・原宿にブランド初の実店舗「Kiko Kostadinov Tokyo」をオープンしたことだ。ショップの内装デザインを担当したのは、「サカイ(Sacai)」の旗艦店「sacai Aoyama」のリニューアルも手がけた関祐介。コスタディノフが、東京に初めてのショップをオープンするとは思わなかったため非常に驚き、このニュースを知った時は思わず声をあげてしまった。

そしてコスタディノフといえば、「アシックス(Asics)」との活動を忘れてはならない。本日は、コスタディノフとアシックスの最新プロジェクト「アシックス ノバリス(Asics Novaris)」のコレクションについて触れていきたい。昨年5月に「アシックス ノバリス」の立ち上げが明らかになり、2023年5月31日配信 「キコ・コスタディノフがアシックスと新プロジェクトを始動 」でも取り挙げていたが、当時はまだコレクションの全容が明らかになっておらず、プロダクトのデザインについて触れていなかった。

しかし、現在ではウェアはもちろんスニーカーなど「アシックス ノバリス」のアイテムが発売されているため、最新ラインのデザインについて見ていきたいと思う。

昨年のリリース時では、「アシックス ノバリス」は、落ち着いた色調のカラーを中心に、ロゴを使用しないミニマルデザインが展開されるとのことだったが、実際に発表されたアイテムは、たしかにミニマルテイストが感じられる。しかし、世界の悪趣味に美を見出すコスタディノフ。王道のミニマルデザインからは外す。

服のシルエットとディテールは、シグネチャーラインよりも確かにシンプルだ。近年の「キコ コスタディノフ」ではお馴染みの、奇妙さが心地よく感じられてくる不可思議なデザインは見られない。だが、それでもわずかに感じられる奇妙さ。出さないようにしても、滲み出てしまう奇妙さ。「アシックス ノバリス」のトップスやパンツは、そんなムードが漂う。

その秘密はどこにあるのだろうか。一つは服のパターンにある。「ORMOSIANCY SHIRT」というアイテムは、シャツの名とは裏腹にカテゴリーに困るウェアだ。オープンカラーの襟元を見ればシャツに感じられるが、身頃のパターンとディテールに注目するとブルゾンにも見える。フロント前端、第一ボタンのすぐ上から、曲線の切り替え線が肩に向かって伸びている。これはヨークと言った方がいいのかもしれない。ただ、このアイテムは身頃にアームホールの切り替え線がなく、ヨークの切り替え線が袖にまで続いている。おそらく袖は、身頃から一つ続きのキモノスリーブなのではないかと思う。

フロントにはもう一つ特徴的なディテールが確認できた。左身頃のヨーク切り替え線から裾に向かって、一本のベルトらしきものが伸びていき、左身頃のウェスト付近にある箱ポケットをまたいで、タブのようにボタンで留められている。ちなみに箱ポケットは左身頃のみにあり、アシンメトリーなディテールである。

「LIATRISORY TROUSER」というパンツは、形自体はやはりシンプル。だが、パターンに目を向けると、コスタディノフのセンスが発揮されている。パンツのフロントの左右両方の筒は、脇線から股下のシームに向かって、2本の切り替え線が斜めに入っている。しかし、バックにも同様の切り替え線が入っているのかと思いきや、1本も入っていない。

このように通常のベーシックアイテムには見られない、パターンの変化を加えて、服のニュアンスに変化を出すのが、「アシックス ノバリス」の特徴である。

また、色使いもちょっと不思議だ。袖と身頃の色を切り替えているトップスがある。色の切り替え自体は一般的な手法だが、色味に視線がとまる。

「Medallion Yellow」という名のカラーはお洒落に言えば「マスタード」だが、本音は辛子色と呼びたい。やはり辛子色と呼ぼう。そう決めた。カラー展開には「Pewter Purple」と名付けられた色もある。やや暗い色味の紫で、目を引く鮮やかさではなくて燻みで意識に引っ掛かりを残す。この辛子色と燻み紫で、身頃と袖を切り替えたものが、「アシックス ノバリス」で発表された半袖と長袖のトップスである。色の奇妙さが個性を生んだのだ。

コスタディノフは、「アシックス ノバリス」でも見られるカッティングを武器に、シグネチャーブランドの初期は、ネイビーなどベーシックカラーを中心にして、ワークウェアをモードウェアに転換させていた。翻って現在のシグネチャーブランドは、カッティングに見られた独特の感性を素材・色・ディテールに展開していき、絶妙に奇妙なコレクションを仕上げている。

「美しいとは言わせない」。

それが、ブランドの美意識だと訴えるように。

「アシックス ノバリス」は、初期のシグネチャーと現在のシグネチャーの中間に位置するデザインだと言えよう。その世界観と同様に、マーケットでも絶妙な隙間を突いてくるアパレルラインだ。

クールとは言えないクール。そんな歪な言葉こそが似合う「アシックス ノバリス」。キコ・コスタディノフとアシックスのプロジェクトは、やはり目が離せない。

〈了〉

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