AFFECTUS No.516
コペンハーゲンブランドの「エリオット エミル（Heliot Emil）」が冴えている。3月に発表された2025AWコレクションは、近未来感備えたストリートなブラックウェアがクールなこと、この上ない。豊かな色彩を排除した無彩色の服が、一面砂が敷き詰められた荒涼とした大地を歩いていく。発表されたルック数は24ルックと少ないが、一つひとつのスタイルにエリオット エミルの世界観が詰まっている。
2023年10月25日公開「エリオット エミルは実験的工業性ストリートウェア」では、2023AWコレクションと2024SSコレクションの双方に言及した。このタイトルでは、2023AWコレクションは「工業的ストリートウェア」、今から半年前に発表された2024SSコレクションは「エレガントなドレッシーウェア」と称し、私個人は工業的ストリートウェアの方が面白いと述べ、2024AWコレクションではどちらのテイストに振れるか、とテキストを締めた。
そして訪れた最新2024AWコレクションの発表。
結果としては、今回は工業的ストリートウェアに振れたと言える。ただし、1年前の2023AWコレクションよりもカッティングに流麗な表情があり、ドレッシー要素が幾分増している。
「SHERTER」と名付けられた今回の2024AWコレクションは、パリを拠点に活躍する作曲家でありアーティストの池田亮司の作品から、インスピレーションを得て制作された。池田亮司は、電子音楽を基盤にしたアートを発表しており、彼の手がけた黒と白が支配する映像作品を観ていると、電子空間を行き交う暗号を目の当たりにしているように複雑で難解、けれど未来の人々にとっては当たり前のサイバー空間を体験した感覚に陥り、電子音が耳の奥で鳴り響く。
また、イタリアのレーシングギアブランド「アルパインスターズ（Alpinestars）」とのコラボレーションが行われ、ドライバーの安全を守る同ブランドの素材を用いたアイテムが発表されている。
池田亮司とアルパインスターズのミックスにより、エリオット エミルの近未来ストリートウェアが世界をモノクロに塗り替える。
スレンダーシルエットが主役だが、細身の形ばかりではない。ドロップショルダーで太幅の袖を取り付けたボリュームあるダウンジャケット、丈は短いが非常にワイドなシルエットのファスナー開きのフーディーが登場し、コレクションの終盤では、ダウンジャケットの上からダウンジャケットが巻き付けられたルックまで現れた。女性モデルはロングスカートを穿いていてリアルなのだが、上半身のダウンスタイリングとの対比で、この着こなしが、現代では理解されず未来ではトレンドになっているスタイルに感じられるほど、今と未来の境目を曖昧にする。
2024AWコレクションはカッティングがシャープで、裾を直線的カットで切り落とした、極端に短いモータージャケット的ウェアは女性モデルの腹部を大胆に晒す。だが、不思議と色気がなく、スポーツウェアのように逞しく健康的に見える。着丈の短いタンクトップとワイドパンツの全身ブラック一色のルックもあり、いっそうスポーティな印象が強まる。だが、溌剌とした爽やかさはない。あくまでクールでシャープ。エリオット エミルに爽快さは似合わない。
ブランドサイトでは、2024AWコレクションの映像が公開されていた。
https://heliotemil.com/blogs/universe/aw24-shelter
モーターサイクルジャケットのパターンを見るように、筋肉質な切り替えが入ったアイテムは、エリオット エミルの工業性を高めていく。
映像で服がアップになった瞬間、よくよく見るとランジェリー的なカッティングが混ざっていることに気がついた。しかし、色はブラック、素材はランジェリー素材のレースとは遠くかけ離れた硬質な無地素材であるため、カッティングが持つ色気を打ち消してしまう。だが、ランジェリーなカットのラインが服に残っているため、2023AWコレクションの工業的ストリートウェアよりも、ドレッシーな印象を抱いたのだろう。
エリオット エミルはモード色の強い服だ。着る人と着る年齢を選ぶかもしれないが、そんな条件など無視したくなるほどに、今の私には惹きつけられるデザイン性があった。サイバーなストリートウェアという文脈では、やはり「ポスト アーカイブ ファクション（Post Archive Faction）」と、このエリオット エミルが双璧を成す。
王道のストリートウェアとは違う服が見たい、着たくなったなら、北欧の地から届くインダストリアルなストリートウェアに目を向けよう。ブラックに染まったブルゾンを見ていれば、脳内にエレクトロニックなサウンドが聴こえてくるに違いない。
〈了〉