ジョアンナ・パーヴは誰の為に服を作るのか

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AFFECTUS No.525

誤解を恐れずいえば、ファッションデザインには大きく分けて2つのアプローチがある。その二つとは、「美しいと思う服を作る」と「着たいと思う服を作る」である。もちろん、「美しくて着たいと思う服を作る」ということはある。「美しい」と思うからその服を着たいと思うのだろうし、「着たい」と思うということは、その服に美しさがあるからだろう。

ただ、今回は「テーマの表現を重視しての製作」=「美しいと思う服を作る」とし、「明確にターゲットを定めての製作」=「着たいと思う服を作る」と仮定して話をすすめていきたい。これはどちらのアプローチが良いか悪いかの話ではなく、単なる考え方の違いに過ぎない。極論を言ってしまえば、どんなアプローチで服を作ろうが、服は売れることが正義だ。お金を生み出す服は注目され、世の中に知られていき、さらに服が売れてお金を生み出していく。それが人気ブランドだと言える。

今回紹介するブランドは、デザイナーが自身のライフスタイルから発想し、「誰のために服を作るのか」=ターゲットを明確に設定し、コレクションを製作する。2020年に設立されたブランドの名は「ジョアンナ パーヴ(Johanna Parv)」。自分の名前をブランド名にしたジョアンナ・パーヴは、現在最も注目の才能を輩出する学校と言ってもいいセントラル・セント・マーチンズ修士課程(MA)の卒業生でもある。

パーヴは、『hypebae』のインタビューで次のようなコメントを残している。

“I don’t design for idols, I design for the contemporary woman standing in the street.”(私はアイドルのためにデザインするのではなく、街角に立つ現代女性のためにデザインする。)

この言葉に、パーヴの創作姿勢が表れている。

『hypebae』のインタビューでパーヴは、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)やフセイン・チャラヤン(Hussein Chalayan)のショーに魅了された一方で、「ストーンアイランド(Stone Island)」にも惹かれ、ファッションにはストーリーや美学だけでなく、機能性も重要なのだと語る。

彼女はサイクリングを楽しむ人間でもある。自転車に乗り始めると、自分の服装が一変したパーヴは、機能性とエレガンスを兼ね備えた服を作りたいと思うようになる。ブランド「ジョアンナ パーヴ」のターゲットは、パーヴ自身も含めた都会でサイクリングを楽しむ人々であり、そんな人々のためのアーバンウェアなのだ。

パーヴは自ら服を着て、サイクリングをするときに動きやすいかどうかを常に考え、コレクション製作に臨む。語弊を招くかもしれないが、セントラル・セント・マーチンズ出身のデザイナーで、ここまでマーケティング的な手法で服をデザインするのは珍しいのではないか。

マーケティングというと、トレンド=売れているものを追いかけて商品化するというイメージを持たれがちだが、ターゲットのライフスタイルを観察し、ターゲット自身も気づかない潜在ニーズを商品化することが本当のマーケティングと言える。

データ重視に傾きすぎて商品企画すれば、売れている服の追いかけになり、去年の夏と似たような商品ばかりが、今年の夏の店頭に並ぶという現象が起きる。

パーヴはマーケティングとモードな発想を組み合わせ、機能性と美しさに富んだクールなアーバンウェアを商品化する。ストレッチ性あるリサイクルナイロンを使用したジャージやリップストップといった素材、取り外しができるフード、ジッパーの開閉によってシルエットを変化させるスカート、マグネットバックルとメッシュのスマートフォンホルダーを具備したバッグなどのように、「ジョアンナ パーヴ」はサイクリングを楽しむ人々の生活に必要な要素を、様々な素材とディテールで具現化していく。

そして、それらのアイテムを黒を主役にした色使い、スレンダーかつシャープなシルエットに仕立て、とびっきりにクールな装いを実現する。とりわけ、バッグと服を組み合わせたスタイリングは、「ジョアンナ パーヴ」のシグネチャーだ。バッグはどんなサイズであっても、人間の動作と視覚を妨げないように、装飾性のないミニマル&ソリッドなフォルムで身体と一体化させていく。

色はベーシックに絞り、ブルーやレッドがアクセントに入り込み、素材に柄は皆無。細身かつ流動性のあるシルエットがスポーティ&モダン。「ジョアンナ パーヴ」は一言で言うならカッコいい。「Y-3」をよりモードに近づけた服と言えるカッコよさだ。

アイデアの源は、自転車が生活の一部となった人々の生活そのもの。自らがターゲットになり、リアルなモードを届けるデザイナー。それがジョアンナ・パーヴである。

〈了〉

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