AFFECTUS No.530
カルチャーを横断するストリートウェアから、クール&テックなストリートウェアへ。アントワープ王立芸術アカデミーの卒業生である韓国人デザイナー、ヘイン・ソ(Hyein Seo)は在学中の2014年に、自身の名前を冠したストリートブランドを設立する。そしてデビューから10年の歳月をかけて、スタイルを大きく変化させてきた。
ソはアカデミー在学中から注目される学生だった。彼女の製作した卒業コレクションが、若手デザイナーのプラットフォームとして知られる「VFILES(ブイファイルズ)」が開催した合同ショー「VFILES Made Fashion」で発表されると、ソの作品を気に入ったリアーナ(Rihanna)が着用した。このニュースによって、ソは瞬く間に期待のデザイナーとして認知されることになった。
こうして、将来の成功を夢見る学生なら誰もが憧れるストーリーを実現したソだが、これは彼女の望む展開ではなかった。そもそも、当時のソは自分のブランドを始める気はまったくなく、卒業後はビッグブランドや注目デザイナーのインディペンデントブランドで、インターンをしたいと思っていたのだ。それが、「VFILES Made Fashion」で発表した卒業コレクションが思いもしなかった反響を受け、慌ただしく自身のブランド「ヘイン ソ」をスタートさせることになる。
デビューシーズンは2014AWコレクションになるが、環境を整える前にブランドをスタートさせたため、次第に製作スケジュールに遅れが生じ始める。そのため、ソは製作時間を確保するため、2016SSコレクションをスキップするのだった。しかし、発表を休止したのはその1シーズンのみで、2016AWコレクションから再始動する。
波あり山ありの道のりを歩んできたソだが、コレクションは時間をかけてスタイルを変化させていく。2014AWコレクションのデビューから2019AWコレクションまでの期間は、カルチャー色の強いストリートウェアを発表していた。
“Fear Eats the Soul”と名付けられたデビューコレクションは、ホラー映画からインスピレーションを得て製作。全体のスタイルは、カジュアルを好むロンドンのパンクガールといったムードだ。トップスの胸元には「FEAR」のロゴが映え、真っ赤なMA-1には「FEAR」のワッペンが所々に取り付けられ、真っ赤な膝丈下スカートはフロントに黒いストリングが何本もぶらさがりパンキッシュ。
翌シーズンの2015SSコレクションは、1970年代とパンクがミックスしたようなファッションを披露し、2015AWコレクションでは暴走族の服のニュアンスとストリートウェアの融合と言うべき、エッジの効いたスタイルを発表する。
以降のシーズンも、ラッパー的トラックスーツ、DJスタイル、バイクウェア、ミリタリー、テーラードジャケット、フーディなど様々なスタイルとアイテムが組み合わされ、ごちゃ混ぜ感が魅力のストリートウェアの発表が続ていく。
トップスやブルゾンはグラフィカルな表情を見せるが、プリントを使った手法がメインではない。パッチワークやワッペンなど立体的な装飾モチーフによるデザインが多く、「ヘイン ソ」は2010年代半ばに世界中を席巻したストリートウェアとは少々趣が異なる。2019AWコレクションでは、高校の制服に着想を得たと言っていいスタイルまで発表し、「ヘイン ソ」のストリートウェアはどこまでも世界を拡張する。
風向きが変わるのは2022SSコレクション“Sirens”からだ。それまで何度も登場していたワンペンなどの立体感ある装飾ディテールが姿を消す。色は黒・白・グレーの無彩色が主役で、スタイルはスポーツストリートと言っていい装いだ。
とりわけ目を惹くのは、スポーツウェアによく見られる曲線を多用したパターンワークだった。多用される黒と白、素材も合繊素材が増加し、一気にテックウェアの雰囲気が強くなっていく。
2022SSコレクション“Bigger Splash”ではスイムウェアからの着想を披露し、シーズンビジュアルもプールを背景に撮影する。ここまで来ると、ロゴを用いたデザインなど皆無だ。2024SSコレクションは、現在の「ヘイン ソ」の特徴を最も表すテックストリートウェアといえよう。
曲線を用いたスポーティなカッティングと無彩色のストリートスタイルは、同じく韓国ブランドの「ポスト アーカイブ ファクション(Post Archive Faction)」と同じ文脈に属するが、「ヘイン ソ」はSFテイストがずっと弱く、スポーティなテイストがより強く濃く出ており、別の世界線をいく。
「ヘイン ソ」は初期と現在では、別ブランドと言えるほどデザインを変化させている。「ヘイン ソ」はストリートウェアの奥深さを私たちに教える。
ソはデザインをする際、特定の人物を想像すると述べている。それは実在の人物である場合もあるし、想像の人物の場合もある。しかし、一貫しているのは彼ら彼女たちがバッドボーイ、バッドガールであること。
これからソは、どんなパンクマインドを持った人間を思い描くのだろうか。そして、その人間にどんなストリートウェアを着せるのだろうか。その時は、現在のテックでクールな服とは違っているのだろうか。ヘイン・ソの未来が気になる。
〈了〉