エルメスが女性たちを力強くお淑やかに装う 

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AFFECTUS No.531

ナデージュ・ヴァネ=シビュルスキー(Nadege Vanhee-Cybulski)が、クリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)の後任として、当時在籍していた「ザ ロウ(The Row)」から引き抜かれる形で「エルメス(Hermès)」のアーティスティック・ディレクター就任が発表されたのは、2014年4月。彼女が指揮する「エルメス」のウィメンズラインは、気がつけば10年目を迎えていた。

アントワープ王立芸術アカデミーの卒業生でもあるフランス人デザイナーは、前任のルメールや、ルメールが引き継いだジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier)とは違い、今や伝説となったマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)が手がけた「エルメス」とも違う、彼女独自のエルメスウーマンを築き上げた。

シビュルスキーが提案するスタイルは、1837年設立の歴史を持つメゾンの気品は表現しつつ、彼女以前にディレクターを務めてきたデザイナーたちよりも硬質なものである。「エルメス」の歴史の中でも、シビュルスキーのデザインはマスキュリンの成分が濃い。

6月6日、「エルメス」は2025リゾートコレクションをニューヨークで発表する。このコレクションは、正式にはリゾートコレクションという立ち位置ではなく、3月にパリで発表された2024AWコレクションの第2章という位置付けだ。

流麗なシルエットやドレープ性を最小限に抑え、硬くストレートなシルエットを主役にシックな服を展開していく。シビュルスキー得意のデザインは、今回も健在だった。しかし、これまでには見られなかった新しい一面も披露されていた。それが色使いだ。

シビュルスキーが手がける「エルメス」のウィメンズウェアといえば、メゾンの象徴であるブラウン系をメインにした渋い色が、カラーパレットの象徴だった。だが、今回はブラックやブラウンといったお馴染みの色に加えて、レッド・イエロー・ブルー・ブルーといった明るい色が登場する。とりわけ目立っていた色が、レッドとイエローの2色である。

コレクションはメゾンの伝統である乗馬ウェアをベースに、パンツルックが大半を占めていた。女性モデルたちのほとんどがキャスケットを被り、ストレートシルエットのシックなパンツ、コンサバティブなニットウェアにレザーコートやファーコートが組み合わされ、スポーティな装いの中にミリタリーに通じた逞しさが同居したルックが、スポットライトの注がれるランウェイを歩いていく。

また、パンツはウェスト位置が高めに設定されているため、そのバランスが今コレクションにさらなる品格を添える。素材・シルエット・アイテム・スタイリングのすべてが、シビュルスキーがこれまで発表してきたエルメスウーマンそのもの。そして、彼女の普遍のスタイルにビビッドな色が挟み込まれることで、これまでのコレクションよりも軽やかさが増す。

ただし、レッドとイエローという本来ならビビッドと呼びたくなる色が、「エルメス」ではお淑やかな色に変わる。「エルメス」のブランドサイトでは、今回のコレクションで使用されたイエローを「黄土色」と称しており、レッドやイエローなど明るい色が落ち着いたトーンで表現されているのだ。

2025リゾートコレクションは、ウィメンズウェアでありながらクラシックなメンズウェアのように厳粛で、ジェンダーレスと述べてもいいデザインだが、フェミニンな要素はほぼ感じられない。やはりシビュルスキーの「エルメス」はマスキュリン成分が濃い。

「エルメス」のアーティスティック・ディレクターは、一定期間が過ぎると交代するウィメンズに比べて、メンズラインはェロニク・ニシャニアン(Veronique Nichanian)が35年以上にわたって務めている。こんなことを言うと、ニシャニアンのファンから怒られてしまいそうだが、力強さと気品を併せ持つウィメンズラインを見ていると、シビュルスキーが手がける「エルメス」のメンズコレクションが見たくなってしまった。

シビュルスキーはメゾンの伝統を正統に受け継ぎ、過去のウィメンズとは一線を画す、女性のための「エルメス」を作り上げてきた。彼女のエレガンスは、性別を超えて魅了する。

〈了〉

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