ファッションブランドの宿命と新生1017 アリックス 9SM

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AFFECTUS No.543

2023年12月に「ジバンシィ(Givenchy)」のクリエイティブ・ディレクターを退任し、現在は自身のブランド「1017 アリックス 9SM(1017 ALYX 9SM、以下アリックス)」に注力するマシュー・M・ウィリアムズ(Matthew M Williams)。「ジバンシィ」退任が発表される約1ヶ月前の2023年11月には、「アリックス」が過半数株式を香港の起業家エイドリアン・チェン(Adrian Cheng)に売却し、ウィリアムズを取り巻く環境は急速に変化していた。

「ヴォーグ ランウェイ(Vogue Runway)」の「Alyx SPRING 2025 MENSWEAR」に掲載されたレビューによると、ブランドの拠点もイタリアからパリに移ったとのこと。また、株式売却後の2024AWシーズンはファッションウィーク期間にコレクションを発表していないため、新体制によるファッションウィーク期間中における「アリックス」最新コレクションの発表は、6月に発表された2025Pre Springコレクションが第1弾となる。

環境の変化がウィリアムズの創作心境に影響があったかは定かではないが、最新コレクションはこれまでの「アリックス」のイメージから大きく転換していて、非常に驚くデザインだった。ダーク、SFテイスト、モノトーン&シャープ、これらの表現が「アリックス」を見ると常に思い浮かんでいたが、2025Pre Spiringコレクションを見て浮かび上がる言葉は、クリーン、軽やか、シンプル、リラックスと従来の「アリックス」とは正反対のイメージだった。

今コレクションで一番数多く登場している色はブランドが得意とするブラックなのだが、ベージュ系・ブラウン系も多いため、クラシックウェアの趣も香る。ただ、アイテム自体はワークウェアに基盤があるため、クラシックならではの上質さや品格が際立つわけではないし、ネクタイ姿のスーツなど古典的メンズスタイルも登場せず、スタイルは至ってカジュアルだ。

「アリックス」が発する全体のムードが以前よりも落ち着いた。そう称した方が適切だろう。アイテムとスタイルの根本は変わらず、ムードが変わったのだ。今コレクションは、一人の若者が年齢を重ね、自分の好みは大切にしつつ大人のファッションに移行していく変遷を見る思いである。

シルエットもこれまでの「アリックス」とは異なる。1年前に発表された2024SSコレクションは服の形に緩みがあり、決して特別細いというわけではないが、全体の中心はストレートシルエット。その結果、縦の細さと長さが強調され、ウィリアムズらしいシャープなものに仕上がっていた。

翻って今回の2025Pre Springコレクションは服の形にボリュームがあるだけでなく、全体的に洗練度が落ちている印象だ。しかし、そのことをネガティブには捉えないで欲しい。むしろ野生味が増し、アウトサイダー的というストリートウェアの本質に近づいたと言え、シャープなキレが抜け落ち、ストリートウェアとしての魅力が高まっている。

だが、先ほど述べたようにシックなイメージもあるため、モデルの佇まいは落ち着いており、服の印象は大人に成長したストリートキッズが着るストリートウェアである。

「バラクータ(Baracuta)」の「G9」を彷彿させるブルゾン、迷彩柄のワークジャケット、アノラック、Gジャン&ジーンズなど、ストリートウェアに欠かせないアイテムを登場させ、色使いにクラシックを香らせる。けれども、シルエットは以前よりも横に張りとボリュームが出ているアイテムが多く、洗練された都会テイストからは遠ざかる。

あちらに行くと思えば、こちらに戻ってくる。カジュアルなワークテイストの服に感じる奥ゆかしさ。ウィリアムズは新境地を見せていた。もちろん、デザインがおとなしくなったため、この変化を好まないファン、物足りなさを覚えるファンもいるだろうが、2025Pre Springコレクションはブランドの核を中心に据えたままに新しい変化を加えた「アリックス」とも言えるため、逆に新鮮だと感じるファンもいるのではないだろうか。

継続と成長のために、ブランドは変わっていかなければならない。初期に人気を得たスタイルでもあっても、それが何シーズンも続けば次第に飽きられてしまうのはファッションブランドの宿命だ。私は「ヘルムート ラング(Helmut Lang)」がとても好きだったが、デザインが毎シーズン大きく変わることがなかったため、次第に既視感が芽生え始めて、大好きだったはずのブランドから足が遠のいてしまった。

2025Pre Springコレクションのルックは、背景に柔らかな光と木々の影が写り込んだ写真もあり、服装もクリーンなストリートウェアに仕上げられているため、穏やかさが漂う。だが、そんな外観や雰囲気とは打って変わって、このコレクションの背景に潜むのはファッションブランドの宿命に挑む、ウィリアムズの挑戦である。新しい「アリックス」は野心的な一歩を踏み出した。

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