フィービー・ファイロのクロエは大人ガーリーの頂点

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AFFECTUS No.553

ブランドが変わってもスタイルが変わっても、ファンを熱狂させ、「着たくなる服、欲しくなる服」を常に発表し続ける類稀なデザイナー、それがフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)だ。彼女の名声が最高潮に高まったのは、やはり2008年から2018年までクリエイティブ・ディレクターを務めた「セリーヌ(Celine)」時代だろう。

「セリーヌ」でのデビューとなった2010SSコレクションは、シャープ&クールなウィメンズウェアを発表し、瞬く間にファンの心を掴む。直線的かつ大胆なカッティングとブラック・ホワイト・ブラウンを基盤にしたカラー展開で、ミニマルで力強く鋭い服。それがファイロが手がけた「セリーヌ」のデビューコレクションだった。

驚異の人気を誇ったスタイルを、2013年以降にファイロは突如変貌させる。1980年代を彷彿させる肩幅が広いワイドシルエットのコレクションを披露。大胆な変化にもファンが離れることはなく、むしろファイロ人気は高まる一方で、彼女の才能は眩い輝きを放つ。

現在は「LVMH(モエ ヘネシー ルイ ヴィトン)」からの少額出資のもとシグネチャーブランドを設立し、2023年10月にデビューコレクション「A1」を発表し、自身のブランドに専念している。ブランド「フィービー ファイロ」のスタイルは人気だった「セリーヌ」時代を踏襲するもので、デビューコレクションが明らかになった際にはSNSには歓喜の声が飛び交った。人々の購買欲を刺激する服を作るという点で、ファイロはエディ・スリマン(Hedi Slimane)と並ぶ世界屈指のデザイナーだと言える。

今回はファイロをテーマにしているが、言及するのは圧倒的人気を誇った「セリーヌ」でもなければ、最新コレクションを発表するシグネチャーブランドでもない。ファイロが世界に知られるきっかけとなった「クロエ(Chloé)」時代を振り返ろうと思う。

現在のファイロのデザインはマスキュリンなテイストが強いが、「クロエ」でクリエイティブ・ディレクターを務めていた当時のファイロは、大人ガーリーと呼べるフェミニン色の強いコレクションを発表していた。「セリーヌ」と「クロエ」のコレクションを見比べた時に、本当に同じデザイナーによるディレクションなのかと驚く。

「クロエ」のファイロは、当時の「モードにおけるカワイイ」の最高峰だった。そう述べることが大袈裟ではないほど、毎シーズン発表されるコレクションは燦々と輝いていた。

20年前に発表された2004AWコレクションは今でも印象深い。乗馬のブランケットからインスパイアされたビッグボリュームのポンチョは、ブラウン・グレー・マスタードの3色によるマルチボーダー柄が郷愁を誘う。ボトムにはジーンズ、シューズにはロングブーツを合わせてウェスタンな雰囲気も醸す。

ノスタルジックな装いがあるかと思えば、とびっきりに甘い服も披露する。ピンクのキャミソールはヘムラインがフリルの形に波打ち、ストラップがライトブルーで爽やかさを添え、ウェストはブラックリボンを結んで絞る。フィナーレに登場したフルレングスのドレスは、ホルターネックでかなり深いVラインを形成。黒いグログランリボンがVネック・ホルターネック・バストの生地端を縁取り、フレッシュな青い生地がいっそう映える。当時、最強の人気を誇ったモデル、ジェマ・ワード(Gemma Ward)が着用したドレスはショーの最後を飾るにふさわしい華やかさだった。

2004AWコレクションはカントリーやノスタルジーを軸にしたカワイイを発表したが、2006SSコレクションでは世界線の異なるカワイイを発表した。出産における休養を経てカムバックしたファイロは、ガーリーな美しさの頂点を極める。

レース・フリル・Aライン・ミニレングスと、ガーリーファッションに欠かせない要素をあふれんばかりに取り入れ、メインカラーとなった白が眩しいほどにピュア。だが、決して幼さはない。ファイロは、1960年代的ミニレングスのシルエットを展開し、ガーリーファッションを大人の装いとして完成させた。

フリルが両肩を形成するフレアシルエットの膝丈ドレスは清楚でありながらシック。プラットフォームシューズを履いたモデルたちは、ランウェイで可憐に輝いていた。オーガンジー素材のシャツドレスは儚げで繊細。生地に透け感があるのに、セクシーという表現が似つかわしくなく、ただただフェミニンで美しい。このドレスを着用するのはまたもジェマ・ワード。

ファイロの「クロエ」を取り挙げていると、いつまでも終わらない。シックな女性像とガーリーな幼さを一体化したウィメンズウェアの最高峰。そのスタイルをあれほどのレベルで完成させたデザイナーは、私の知っている範囲ではファイロだけだ。「クロエ」のディレクターをファイロが辞任したのは2006年。20年近く歳月が経っているというのに、時々あの時のコレクションを見たくなってしまう。ファイロの「クロエ」には歳月を超えて訴えかけるパワーがあるのだ。

村上春樹の小説に『風の歌を聴け』という作品がある。デビュー作となった小説は、のちに村上春樹が発表する謎が謎を呼ぶ不可思議な世界観の作品とは違い、ある大学生の夏を美しい文章で綴った小説だった。『風の歌を聴け』は私が一番好きな村上春樹。だが、村上春樹があの作風の小説を発表することは2度とないだろう。ファイロの「クロエ」を見ていると、『風の歌を聴け』と同じ気持ちを抱いてしまう。

「セリーヌ」以降、マスキュリンなウィメンズウェアを発表する現在のファイロが、大人ガーリーなコレクションを発表することは2度とないだろう。やはり、彼女が手がけたピュアでカントリーな女性の服はノスタルジーを実感させる。

〈了〉

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