9月2日から7日まで開催された、2025SSシーズンの楽天ファッション・ウィーク東京の中で、最も話題を呼んだファッションショーだと言ってもいいだろう。「ヨシオクボ(Yohiokubo)」2025SSコレクションは、ファッションが持つエンターテイメントの魅力を大いに発揮し、訪れた人々を堪能させた。
8月下旬、ショーのインビテーションが届くと、会場の名前に視線と意識が止まる。
「LUMINE the YOSHIMOTO?」
会場名を見た瞬間に思ったことは、「そういえば新宿ルミネに吉本新喜劇の劇場があるんだっけ?」ということだった。その時は、舞台をランウェイにしてモデルたちが歩くショーなのだろうと考えただけだった。しかし、ショー当日、その考えは間違っていたことに気づく。
9月4日、新宿に到着。文化服装学院時代に何度も通ってきた新宿。特に利用していたのは甲州街道沿いの南口だった。学生の時は駅周辺の再開発はまだまだ形になっていなかったが、卒業から20年近く経過した今は、現在の南口は改札周辺が広く綺麗になり、駅前にあったはずの工事風景が消えてさっぱりとした印象だ。そんなことを思いながらルミネ2に入り、7Fを目指して上がっていく。
「本当にここで開催するの?」と若干不安になりながら、階段を上り7Fに到着すると、フロアにはファッション業界人と思える人たちがたくさんいて安心した。開場時間になり、劇場の中へ入って指定の座席に座る。見上げると、「yoshiokubo」のブランド名が見えて、本当に「ルミネtheよしもと」でショーが開催されることをようやく実感した。
舞台を見ると思ったよりも小さく、いったいどのようにしてモデルが歩くのか気になり始めた。舞台の中央で一度立ち止まり、舞台裏へ去っていくランウェイなのだろうかと思いを巡らせていく。
それから数十分が経っただろうか、アナウンスが流れ始めるのだが、その内容を聞いて驚く。どうやら、これから吉本の芸人たちによる喜劇が始まるようだ。出演する芸人は、間寛平、すっちー、島田珠代、吉田裕、筒井亜由貴といった芸人たちで、その名前に会場を訪れた人々は驚きの声をあげる。
そして、老舗うどん屋「花月うどん」を舞台にした喜劇が開幕した。すっちーは間寛平が先代店主だったうどん屋で働き始めた女性を演じ、うどん屋の店員を筒井亜由貴が務める。
新人パートであるすっちーは勤務初日から遅刻をし、そのことを筒井から怒られる。
すると、すっちーと筒井が話しているところに先代の間が訪れてきた。手に持っている杖をあちこちにぶつけながら歩くという、テレビを通して何度も見てきたあの歩き方で間が登場する。
しばらくすると借金取りの吉田裕が黄色いスーツ姿で登場。どうやら間が借金をしたようで、その金額は300万円だった。そこから、いわゆる新喜劇ならではのギャグが怒涛の勢いで展開されていく。
吉田は着ていたジャケットとシャツを脱いで上半身を裸にして、ビシバシと体を叩かれていく。これぞまさに「コテコテ」という吉本王道のギャグが連続していく。正直言うと私はこういったギャグが苦手で、最初はただ眺めているだけだった。だが、吉田が何度も何度も体を叩かれ、テンポよくコテコテのギャグが繰り返し続くことで、気がつくと笑いがこぼれていた。王道には心の壁を打ち破るパワーがあった。
今度は、ファッションプロデューサーとして活躍する島田珠代が登場した。島田は貧しかった学生時代に「花月うどん」を数えきれないほど訪れ、先代店主の間からごちそうしてもらっていた。
島田が言うには食べたうどんの数は「1食万」ということだった。この瞬間、会場の人々は「1食万???」と思ったに違いない。舞台の上ですぐに「1万食」だというツッコミが入る。そのツッコミに島田は崩れ落ち、会場は大きな笑いに包まれた。
そして島田演じるプロデューサーはお世話になったお礼にと、間の借金300万円を肩代わりするのだった。
ここまで来ると「あれ?今芸人さんが着ている服が最新コレクションなのか?」と思い始め、服をじっくりと見ていくのだが、「いや、違うな」と思い直す。初めて見る吉本新喜劇をいつかしか楽しむようになっていたが、ショーがどのように始まるのか皆目見当もつかなった。
そんな疑問をよそに、舞台では問題が生じていた。島田がプロデュースするブランドのファッションショー(それが「ヨシオクボ」2025SSコレクション)は会場のダブルブッキングを起こし、ショー開催のピンチに。頭を抱える島田に、間が助け船を出す。「ここ(うどん屋)でショーをすればいい」と。
そして「ヨシオクボ」2025SSコレクションのショーが開幕するのだった。
舞台の袖から登場したモデルは階段を下り、観客席の中を歩いていく。そして再び舞台に上がり、舞台裏へと消えていく。間とすっちーもモデルとして登場し、会場を沸かす。
コレクションはパワフルな造形の服が次々に登場する。主役のテクニックはギャザーだ。布をたっぷりと寄せて、大きく膨らんだオレンジのブルゾンは、ビッグサイズの風船の中にモデルが閉じ込められたようだった。ギャザーを大胆に寄せたアイテムが現れる一方で、服のパターンが解体された姿を彷彿させるフォルムも登場し、モデルの装いはまさにモード。スポーツとトラッドが一体化したルックは、決してシンプルに綺麗に作らない。「ヨシオクボ」はファッションにエネルギーを注入する。ベーシックウェアの壁を打ち破っていく。モデルたちが着る最新ウェアは、吉本新喜劇で披露されるギャグと同じくパワフル。
「ヨシオクボ」と吉本新喜劇のコラボレーションが形となった瞬間と言えよう。ファッションはエンターテイメントなのだ。
ショーはフィナーレを迎え、モデルたちが舞台の上に整然と並ぶ。最後にデザイナーの久保嘉男が駆け足で登場し、舞台の中央へ。久保は満面の笑みを浮かべていた。とても気持ちのいい笑顔で、その笑顔を見たこちら側も爽やかな気持ちになる。
プロデューサーを務めた島田は久保を讃える。
「ヨシオー!最高だよー!!ヨシオー!!サイコーだあーー!!!」
そう言うとしゃがみ込み、久保の股間目掛けて「ピン!」と言いながらデコピンのように指を弾く。
まだ終わらない。島田はしゃがんだまま、両手で股間の香りを嗅ぐ仕草を見せるのだった。そして、ほんの少し色気の混じった声でこう優しくささやく。
「オムライスの匂い〜」
観客が一斉に笑う。私も笑った。同時に唸ってしまう。プロだ、と。まさか「オムライス」というワードが、そこで出てくるとは1秒も想像できていなかった。「いい香り」がするという意味の単語が出てくるとは予想はしても、それは「フローラルな」といった言葉だろう。けれど、この瞬間に登場したのはまさかの「オムライス」。この発想、このタイミング、いやあ、プロフェッショナルだ。オムライスを食べる時は、しばらく股間とセットになってしまいそうで少々困るが。
島田は会場を提供してくれた間に、ファッションショーが成功したことを感謝する。その言葉に、間は両手を差し出す。島田と握手するためではない。
「使用料300万円いただきます」
間の言葉に、間以外の人間が一斉に崩れ落ちる。吉本の芸人はもちろん、モデルたちも久保もみんなが一斉に。美しい王道の展開に笑いと心地よさが芽生えていく。
閉幕を伝える音楽が流れ、舞台の両脇から幕が閉じられていき、「ヨシオクボ」のショーは終了した。
インビテーションを受け取った時には想像もできなかった展開を見せた「ヨシオクボ」2025SSコレクション。ファッションには、人々を喜ばせるパワーがあることを改めて実感した。私が初めてモードに興味を持った25年以上前は、現在のようにコレクションが発表されるとすぐに全ルックが見られたり、ショー映像が観られる時代ではなかった。月に一度発売されるファッション誌に掲載されるわずか数枚のルックに興奮し、『ファッション通信』で放送されるわずか数分のショー映像に歓喜した。
そこにはファッションの夢があった。服を見せる以上の何かがあった。最新コレクションを着て、ランウェイを歩くモデルたちの姿に痺れるほどカッコいい人間像を感じた。その時の体験に通じるエンターテイメント性を、今回の「ヨシオクボ」は提供してくれた。学生時代を過ごした新宿で、ファッションの原点を思い出せてくれた久保に感謝を伝えたい。え、でも、300万円請求されたりしませんよね……。
Official Website:yoshiokubo.jp
Instagram:@yoshiokubo_official