ミウッチャ・プラダとラフ・シモンズがようやく狂気を露わにした

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AFFECTUS No.560

「これだ、これが見たかった」

コレクションを見終えて、テンションがにわかに上がる。私は心の中で冒頭の言葉を呟いていた。「プラダ(Prada)」2025SSウィメンズコレクションは、ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)による共同クリエイティブ・ディレクター体制になってからのベストコレクションだ。もちろん「ベスト」という形容は私の主観になり、異なる意見の人もきっといるだろう。それでも私は、この不調和こそがカッコいいことを教えるコレクションをベストだと称したい。

2020年2月に稀代の天才二人がタッグを組むことが発表された。同年9月にデビューコレクションの「プラダ」2021SSウィメンズコレクションが発表されてから、4年が経過したことになる。毎シーズン、発表を楽しみに待っていた。しかし、この4年間、当初期待していた興奮に襲われることはなかった。その理由は2020年9月26日公開「新生プラダから感じた違和感の正体」でも語ったとおりになる。

もちろん、印象的だったコレクションは今までにある。2022AWメンズコレクションのショーは、宇宙船内を想像させる廊下を作り上げ、フーチャリスティックなランウェイを、肩幅が誇張されたダブルジャケットを着用した男たちが歩く。クラシックな服が真逆のイメージの道を歩くシーンは、時代と空間が錯綜する混乱を呼ぶ。

2023SSメンズコレクションはクールなルックがたまらなかった。ビッグシルエットが全盛の時代に、1990年代の「プラダ」が蘇ったと錯覚させる細身シルエットのコンパクトスーツは非常に新鮮。少し狭いVゾーンの2つ釦ジャケットはスマートで、ダブルジャケットも野暮ったさは皆無で洗練されていた。

他にも心が揺れた「プラダ」のコレクションはあった。だが、ミウッチャが「ミュウ ミュウ(Miu Miu)」で披露する悪趣味なエレガンスや、シモンズが「カルバン クライン(Calvin Klein)」時代に見せていた調和を放棄したデザインほどの圧力を感じることがなかった。どこか、二人がお互いに遠慮してコレクションを製作しているように思えてしまったのだ。

しかし、今回は違う。スタイルの基盤はミウッチャが得意とするコンサバ。そこにシモンズの異なる要素を唐突に混ぜ合わせるセンスが投入される。女性モデルたちはバッタの目を彷彿させる、ビッグサイズのサングラスを掛けて、エレガンスやフェミニンといったファッション伝統の感覚を突き放す。

赤いVネックニットに、青いシャツをレイヤードしたルックは伝統のファッションを愛する女性の佇まい。だが、よくよく襟元を見てみると、シャツの襟と思われたディテールは、身頃と一続きに編まれたニット製だった。フェイクなトップスを着た女性モデルはAラインのスカートを穿いているが、スカートの素材はメタル製で、至る所に丸い穴が空いている。その特異な形状のボトムは、1960年代にアンドレ・クレージュ(André Courrèges)が発表した穴を開けたドレスそのもの。

スタイルも時代も調和を気にせず絡み合う。まさにシモンズの真骨頂。そしてミウッチャの悪趣味なエレガンスも露わになる。

モデルが頭から被るアイテムはサンバイザーかと思いきや、頭部から頭がのぞく円形状の被り物に複数の穴がいくつも開けられ、複眼の昆虫を想起させるデザインだった。奇異なヘッドアイテムを被る女性モデルは、黒い羽を繋ぎ合わせたクラフト的なフェザードレスの上から、オレンジ色のスポーティな合繊素材パーカを羽織っていた。これはいったい、いつ、どこで、誰と会う際に着るスタイルなのだろうか。TPOというファッションの常識が崩されていく。

もう一度言おう。これだ。これが見たかった。不調和のダサさこそがカッコいい。自分がカッコいいと思ってきた服の概念を覆すパワフルなコレクションがずっと見たかった。

ファッションを見た際に「美しい」「カワイイ」と思うか否かは、重要なことだ。しかし、「美しい」「カワイイ」と思うファッションだけが、本当に価値あるものなのか。一目見て「うわ!?なんだこれ!?ダセェェェ!!!」と思ったにも関わらず、規格外のパワーに惹かれてなんだか気になってしまう。時間が経つと、あの奇妙な服が着たいと思っている自分がいる。こんなファッションの価値観だってあるのではないか。

ミウッチャとシモンズは、ようやく常識を揺さぶってくれた。

だが、まだまだ物足りない。今回のコレクションにはまだリアリティの強いルックが多かった。もっとアンリアルなルックを増やして欲しい。

「ビジネス的にそれはまずいのでは?」

それを気にする必要はない。「ミュウミュウ」は今回の「プラダ」よりさらに挑発的で挑戦的だ。しかし、「ミュウミュウ」のビジネスは絶好調ときている。ミウッチャは、実験的なコレクションをビジネスに結びつける稀有な才能を併せ持つ。そして、シモンズはミウッチャが持つ希少な感性「悪趣味なエレガンス」をさらに磨き上げる術を持つ。

まだまだ、もっと狂気を見せて欲しい。エレガントやクラシックという形容詞を忘れてさせて欲しい。言葉にならない感覚を呼び起こし、それを言葉にしたい感覚を呼び起こすコレクションを見せて欲しい。ミウッチャとシモンズにはそれが実現できるはずだ。私は二人の天才に潜む闇がもっと見たい。

〈了〉

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