アン ドゥムルメステールが穿くジーンズ

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AFFECTUS No.562

マニッシュなテーラードジャケット、薄手の黒い布地で作られたシャツやキャミソールドレス、危うさと儚さを秘めたストイックな服がランウェイに次々と登場する様子は、ステファノ・ガリシ(Stefano Gallici)が「アン ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)」を敬愛する証明だ。 2024SSシーズンにクリエイティブ・ディレクター就任以来、ガリシはブランドの原点に回帰するコレクションを丁寧に発表してきた。

デビューとなった2024SSコレクションは、ブラック・ロング&リーンシルエット・無数のストリングと、ブランドのアイコンがふんだんに取り入れられ、ウェストをコルセット的に絞るデザインに創業者であるドゥムルメステールの美意識が蘇る。翌シーズンに発表された2024AWコレクションも、ブランドの象徴である縦の長さと細さを強調するシルエット、パティ・スミス(Patti Smith)を彷彿させるダークロマンティックな世界が再現されていた。

ガリシは少々混乱が生じたブランドを堅実な方法でリスタートさせる道を選んだが、3シーズン目を迎えた2025SSコレクションで、いよいよ自身の独自性を表していく。

ショー冒頭でガリシの個性を感じたのは白いレースを使用したアイテムだった。先述のキャミソールドレスに加えて、ボウタイのブラウス、パンツにまで白いレースが使われ、ドゥムルメステール時代よりもロマンティックな趣が強い。上下を白いレースのトップスとボトムでまとめ、白いテーラードジャケットを羽織る全身ホワイトのルックは崇高なイメージさえ漂う。

ガリシが最も新しさを打ち出したアイテムがジーンズだ。色褪せ、膝が擦り切れて生地を継ぎ接ぎしたジーンズは、これまでの「アン・ドゥムルメステール」とは異なるテイストのデザイン。股上は深めでシルエットはワイド、パンツ丈は地面を引き摺るほど長く、裾は擦り切れてほつれていた。野生味のあるジーンズがピュアな白いシャツとスタイリングされたスタイルが、ブランドの新しい一面が誕生したことを告げる。

「アン・ドゥムルメステールが古着のジーズンをリメイクしたら?」

デニム生地のボトムは、そんなテーマで製作されたと想像させる逸品だ。他にも穴が所々にあいたグランジなTシャツ、色褪せたショート丈のライダースジャケットなどが発表され、いずれも古着調に作られていた。

ガリシはブランドのDNAを尊重するスタイルの中に、ダークロマンティックなスタイルに古着をミックスしたスタイルを混ぜて発表する。使用感のある素材の表情が退廃的なムードを作り上げ、ブランドの世界を崩すことなくコレクションは構成されていた。

長年愛され続けているブランドは、創業者の築いたスタイルにファンは魅了されているのだから、変わらないことがある意味重要でもある。だが、本当に何も変わらなければファンは去ってしまう。老舗と言われる料理店は店主が代替わりしても顧客を離さないのは、新しい店主が伝統の味を守りながらも時代に合わせた変化を料理に取り入れているからだろう。

人気が低迷すれば、ファッションブランドには刷新が必要になってくる。しかし、アントワープシックスの一人が創業したブランドはまだ大きな変化を必要としない。伝説のスタイルを維持していくことが重要だった。「アン ドゥムルメステール」を舵取りを任されたガリシはまず原点回帰を行い、ブランドの歴史を丁寧に作り上げることが最優先であり、自身の個性を取り入れていくことは時間をかけて行えばいいことを理解していた。

「アン ドゥムルメステール」とジーンズが見せた調和は、アメリカ映画『スタンド・バイ・ミー』のクリス・チェンバーズ役として知られ、わずか23歳でこの世を去ったリヴァー・フェニックス(River Phoenix)の姿と同様に儚げで美しい。ステファノ・ガリシによる伝説のブランドの新章が幕を開ける。

〈了〉

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