ロエベを見て考え始めたアヴァンギャルドの定義

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AFFECTUS No.564

「アヴァンギャルドとは何だろうか?」という疑問が生まれてきた。ファッション界でアヴァンギャルドと形容されたコレクション(服)を見ると、驚きのフォルムで作られているケースが圧倒的に多い。その現象から察するに、ファッションにおいては造形デザインがアヴァンギャルドか否かを決める重要な鍵になっているのだろう。

もう少し考えてみたい。「驚きのフォルム」とは何だろうか?

服を見た時に「いつ着るのか?」「どこで着るのか?」「誰が着るのか?」という困惑を起こす服が、アヴァンギャルドなのではないかと思う。逆に言えば、普段の生活で着ることを瞬時に想像できてしまう服はアヴァンギャルドだとは言えない。たとえば、真っ白な無地のTシャツを見てアヴァンギャルドだと思う人はいないだろうし、世界は広いので「いない」とは断言できないが、クルーネックの半袖トップスを見て日常的に着ることが難しいと感じる人は数少ないのではないか。

こんなことを考えるようになったのは、9月にパリで発表された「ロエベ(Loewe)」2025SSコレクションを見たからだった。ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)というデザイナーは、ファッションについて考えるきっかけを与えてくれる。最新コレクションは、現実的であり非現実的であるという不思議な感覚をもたらした。

ランウェイを歩くルックの多くは、ヨーロッパの歴史上の衣服が蘇ったかのようだった。ウェストを細く絞り、パニエを使用して裾に向かって大きく広がるロングドレスのシルエットは、18世紀のパリで暮らす女性たちの服装と類似している。ドレスに使われたフラワープリントの生地は淡い色調で製作され、印象派の巨匠たちが描いた絵画を連想させる優雅で繊細な佇まいだ。

2025SSコレクションはヒストリカルなファッションだけを披露したわけではない。ステンカラーコート、ポロシャツ、ライダースジャケットなど、現代のベーシックウェアも発表された。ただし、アンダーソンは高度な技術を使って歴史的趣を表現する。一見するとTシャツに見える半袖トップスは、モーツァルト、ショパン、ゴッホの「ひまわり」といった歴史上に残る偉大な芸術家と作品が、羽毛で描かれるクチュールライクなテクニックが施されていた。シンプルなトップスとパンツを着ただけの現代を代表するカジュアルスタイルが、アンダーソンのアイディアで一気に数百年の歳月を実感させる逸品へと変貌した。

パニエを用いたシルエットはクラシックなロングドレスに加えて、モダンなミニドレスにも展開されていた。着丈が膝上30cmに達するのではないかというミニドレスは、襟元がクルーネックにデザインされてディテールそのものはシンプル。しかし、ドレスのスカート部分は大きく膨らみ、古典的であると同時に現代的なアイテムに生まれ変わっていた。

今回の「ロエベ」は不思議だ。パニエを用いたシルエット自体は前衛的というわけではない。むしろクラシックな印象を覚え、誤解を恐れず言えばありふれた造形と言えよう。しかし、だ。18世紀のシルエットを21世紀のランウェイで再現したドレスは、日常的に着用して現代都市を歩くには難しいデザインとなっている。

一方でアンダーソンは、歴史要素を入れたリアルアイテムもしっかりと発表している。コレクションで発表されたフレアシルエットのライダースジャケットは、従来のバイカーズウェアのイメージを書き換えるが決して奇抜な服ではない。街中で着ることができるバランスに着地させたデザインである。

ただし、2025SSコレクションの主役はやはりパニエシルエットの非日常的ロングドレスだ。今回の「ロエベ」は異形と言える驚きのフォルムではないのに、「いつ、どこで、誰が着るのか?」という困惑を呼び起こし、冒頭で述べたアヴァンギャルドの定義からは外れている。過去のシルエットを現代に引っ張り出し、今着る服として提案することがアヴァンギャルドになる。アンダーソンは、アヴァンギャルドを作る手法をデザインしたと言えよう。

アンダーソンが注目されるきっかけとなったのは、筋肉質な男性モデルにフリルアイテムを着せたジェンダーレスデザインだった。服そのものはシンプル、しかしスタイルの印象は鮮烈。彼のコレクションは服の現実的要素を持ってきて非現実的なスタイルを作るのが特徴だ。それはアヴァンギャルドの文脈を更新する行為でもある。驚異のフォルムに驚きは感じても、新しさを感じなくなってきた。現代の新しさとは何だろう。アンダーソンがまた新しい問いを投げかけてくる。

〈了〉

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