AFFECTUS No.565
ここ数シーズン、デザイン性の強いコレクションが増加してきた。日本国内の展示会を訪れていても、視覚的にインパクトのあるデザインを見るようになっている。今の時代、たとえば上質な質感の無地素材を綺麗なシルエットで作ったシンプルな服の新ブランドが、市場でポジションを獲得するのは厳しいのではないだろうか。フォルムなり素材なり、服を構成する要素の何かに、強い個性を発揮したデザインに新しさを覚えるようになってきた。
では実験的でダイナミックなデザインに新しさを感じるかというと、それも微妙に異なる。「ジュンヤ ワタナベ(Junya Watanabe)」や、サイクリングウェアから発想する「ジョアンナ パーヴ(Johanna Parv)」のように、既存の服の要素を残しながらアグレッシブにデザインされた服が現代の新しさではないかと思う。
現在の潮流から眺めた時、「ニコロ パスカレッティ(Niccolò Pasqualetti)」は巧みなブランドだ。オーバーサイズのトレンチコートはベージュで、クルーネックのニットはキャメル、ジーンズの色褪せたブルーという静かなトーンの連なりが上品な色彩を見せ、トラッドスタイルの品格をランクアップさせる。それらの形容からは王道のベーシックウェアを連想させてしまうかもしれないが、ニットの裾はランダムに丈が伸びて、先端は膝を越えるほどに長く、裾から袖がぶら下がっているかのようだ。ジーンズも3種類の色落ち生地で切り替え、シンプルなデザインには収めない。
「LVMHプライズ」2024のセミファイナリスト8人に選ばれたイタリア人デザイナーは、ベーシックな色使いを特徴とする。先述のベージュやキャメルに加えて、ブラック・ホワイト・ブラウンを多用し、コレクションに落ち着きをもたらす。こうして書くと、やはりオーソドックスな服が浮かんできてしまいそうだ。しかし、パスカレッティは装飾性を取り入れて、コレクションに個性を立ち上げる。
装飾性と言っても、グラフィックデザインやプリントを武器にした平面的なアプローチではない。フォルムデザインと素材の質感を武器にして立体的装飾性を盛り込む。ストライプ生地のシャツドレスは、もう一枚ロングシャツを肩から斜めがけしているようなアシンメトリーな形を作り、ヘムラインは不規則なラインを描く。
白いダブルジャケットに合わせたパンツはルーズなシルエットで、スウェットパンツを彷彿させる。形だけを見ればシンプルだが、透明なフィルムを重ねたようにも見える生地に一筋縄ではいかないクセが現れている。ノースリーブのトップスも形そのものはシンプルだが、素材は丸い形状にカットしたラミネートを連想させる透明素材が無数に重なっていた。
トップスとスカートには、プリーツを片方のみに寄せたアシンメトリーフォルムが再び登場。パンツやシャツといったベーシックアイテムを基盤にしたアイテムは左右対称の形が多い一方で、ドレスになると左右非対称のデザインが増えていき、フェザーが埋め尽くす生地、スカートがラッフル状になるなど、一気にデザイン性が強くなっていく。シンプルに見えるワイドパンツも両膝にスラッシュが入り、ベーシックアイテムにも個性が投入されていた。
完全に前衛へ振り切れるのではなく、トラディショナルな素材とアイテムをベースにして斬新な要素を取り込む。現実と非現実が一続きになったデザインを、今はモダンと呼びたくなる。
ファッションブランドには、その服を好きな人間は世界中でデザイナーひとりだけと言えるぐらいの個性が必要だ。その一方で、世界で一人しか愛さない個性を多くの人たちが着たくなる服に完成させなくてはならない。なんという矛盾なのだろう。しかし、大いなる矛盾を乗り越えた先に世界を魅了するファッションが待っている。
パスカレッティはベーシックアイテムを使うことでリアリティをキープしながら、立体的装飾性が高いフォルムと素材を用いることでモードに存在する矛盾を乗り越えた。今後も注目していきたいデザイナーの一人である。
〈了〉