ディオールがスポーツの文脈に挑む

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AFFECTUS No.572

ブランドやデザイナーに注目するのと同じぐらい、ファッション文脈的に注目しているスタイルがある。それがスポーツ×モードだ。スポーツは、モードにとって永遠の議題と呼んでもいいのではないだろうか。スポーツがコレクションテーマとして扱われることは珍しくないが、スポーツをブランドコンセプトへ本格的に取り込んだ初めてのブランドは、山本耀司と「アディダス(Adidas)」がタッグを組んだ「Y-3(ワイスリー)」に思える。

2022年ごろからは「ブロークコア(Blokecore)」と呼ばれる、イングランドのサッカーファンを彷彿させるサッカーのユニフォームやジャージを組み合わせたスポーツスタイルが世界的トレンドになった。このようにスポーツは、ある時期に注目のファッションを生み出してきた。一見すると正反対に思える二つのファッションが結びつくからこそ、思いもよらぬ新しさが生まれる。そして2025SSシーズン、一つのブランドが興味深いスポーツスタイルを発表する。

マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)が率いる「ディオール(Dior)」である。

ショーが開幕すると、一人の女性がランウェイを歩いてきた。彼女はアーティストでありアーチェリーの競技者でもあるサグ・ナポリ(Sagg Napoli)。ランウェイの中央には、ガラスのパーティションで区切られた全長70mに及ぶ細長い空間が設置されていた。スポーティなブラックミニドレスと黒いサイハイブーツを履いたナポリは、左肩にアーチェリーを掛けながら、荘厳なムードのドアを開けて細長い空間に足を踏み入れた。そして、体をリズムに乗って小刻み揺らしつつ、ナポリは的に向かって弓を構えて次々に矢を放っていく。

ナポリが矢を放ち始め、コレクションが本格的に開幕する。登場するモデルたちはナポリと同様に、ワンショルダーやボディスーツといったスポーティなカッティングのブラックウェアを着用。2025SSコレクションは、メゾンの創始者クリスチャン・ディオール(Christian Dior)が1951AWコレクションで発表したアマゾンドレスが着想源となっていた。

事実、黒いスポーティウェアを着たモデルたちの姿は、力強く逞しく凛々しい。甘く儚げなエレガンスを豪華に仕立てる「ディオール」のドレスとは、まったく異なる世界線のファッションだ。しかし、モデルたちの装いは肌を見せていても、セクシーと形容するのが憚れる軽快さ。アシンメトリーなワンショルダー、円形の穴を開けるカッティング、タンクトップ型のショルダーデザイン、スポーツ要素をモードなデザインに落とし込んだモノトーンウェアは、クールかつシャープ。

だが、このコレクションで発表されたアイテムはスポーツテイストの服ばかりではない。「ディオール」のプレタポルテらしく、テーラードジャケットやロングコート、膝丈のドレスなど、現代のライフスタイルに欠かせないアーバンウェアも登場する。ただし、重々しさはない。スーツ姿のモデルは左肩をはだけさせるスタイリングを披露し、伝統的なクラシックファッションとは一線を画す。

コレクションはスポーツウェアとアーバンウェアが交互に登場していく。市松模様の生地はモータースポーツを思い起こし、タンクトップ型のロングドレスや緩やかなシルエットのパンツの側面に見える直線の白いラインは、あの巨大スポーツブランドのアイコンが脳裏をよぎる。ショーの終盤が訪れると、これまた「ディオール」らしい豪華なロングドレスが発表されていった。

スポーツが重要なテーマであっても、全ルックをスポーツ一色に染めるのではなく、都市で生活するために不可欠なデイリースタイルや、特別な日に着るであろうゴージャスなドレスも混ぜて、コレクションに強弱をつける。テーマを定めたら、そのテーマを一貫させてデザインするのではなく、テーマとは真逆の服もデザインして同時に発表する。そうすることで、今回の「ディオール」はテーマのスポーツを強調することに成功していた。

カッコよさという意味では、2025SSコレクションの「ディオール」は近年の中でも群を抜く。スポーツをパリ伝統のメゾンが料理したら、こんなにもカッコよくなるのかと驚いた。クール&スポーティなルックは「Y-3」に通じるものだが、スレンダーなシルエットが主役のコレクションは「Y-3」よりも都会的なイメージが強くなっている。ここで消費者視点を言わせてもらえるなら、今コレクションのメンズバージョンが見たくなるほどだ。

スポーツ×モードの進化を見せてくれたキウリに拍手を送りたい。ファッションの文脈的面白さは、何度体験しても飽きることはない。

〈了〉

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