AFFECTUS No.574
フィリップ・リム(Phillip Lim)が自身のブランドを去るニュースが発表されて驚いていると、再び驚くニュースが発表された。ニューヨークの若きスターであるピーター・ドゥ(Peter Do)が、2023年5月に就任した「ヘルムート ラング(Helmut Lang)」のクリエイティブ・ディレクターから退任することが発表された。わずか1年半という短い在籍期間である。2005年に創業者であるラングが去って以降、一時代を築いたブランドは様々なデザイナーがディレクターに就任し、クリエイティブの体制も変えるなど試行錯誤を繰り返している。
2000年代に「ヘルムート ラング」は先鋭的なモードブランドからの転換を図っていた。2007年にファーストリテイリングの子会社であるリンク・セオリー・ホールディングスが、プラダ・グループから「ヘルムート ラング」を買収した際、クリエイティブ・ディレクターに指名されたのはマイケル・コロヴォス(Michael Colovos)とニコル・コロヴォス(Nicole Colovos)の二人だった。ニューヨークのデザイナーデュオによる新生「ヘルムート ラング」は、ラングの特徴であるミニマルなファッション性にフォーカスしたクール&モダンなスタイルを発表し、コンテンポラリーブランドへのポジションチェンジを図る。
私はコロヴォス夫妻の「ヘルムート ラング」がなかなか好きだった。創業者のラングが手掛けていたころのエッジな要素は完全消失したが、ラングが披露していたファッション性のカッコよさを強調するスタイルは好印象だったし、デビューコレクションで発表されたモノトーンのビジュアルは非常にカッコよく、今でも記憶に残っている。コロヴォス夫妻の体制は2014年まで続く長期のものになる。また、2010年から2012年までの2年間、メンズラインのディレクターを務めていたのが「イッセイミヤケ(Issey Miyake)」のデザイナーを務めていた滝沢直己である。
コロヴォス夫妻が退任すると、「ヘルムート ラング」はブランディングの転換を再度行う。モードシーンでの存在感を再び高めようとするアクションを見せるのだった。2016年、イギリスのカルチャーメディア『デイズド(Dazed)』の編集長だったイザベラ・バーレイ(Isabell Burley)を招聘。彼女は「エディター・イン・レジデンス」というポジションに就任する。これはバーレイがブランド内の編集長という立場から、様々なクリエイターとコラボレーションを行なっていくプロジェクトになる。第1弾として発表されたのは「フッド バイ エアー(Hood By Air)」のデザイナー、シェーン・オリバー(Shayne Oliver)とのカプセルコレクションだった。
バーレイはいくつかのコラボを発表するが、退任直前に「ヘルムート・ラング」におけるコラボやブランドへの思いを語るインタビューが「エッセンス(SSENSE)」に掲載されている。
「百聞は一見に如かず:Helmut Langアーティスト シリーズ」SSENSE
2018年1月からは、バーレイの後任としてアメリカのファッション誌『Wマガジン(W Magazine)』の編集者アリックス・ブラウン(Alix Browne)がエディター・イン・レジデンスとして招かれ(2019年1月までの1年間担当)、クリエイティブ・ディレクターには「ジョセフ(Joseph)」でメンズディレクターを務めたマーク・ハワード・ト―マス(Mark Howard Thomas)が就任し、2018AWコレクションでデビューする。
また、ジーンズラインの「ヘルムート ラング ジーンズ(Helmut Lang Jeans)」のクリエイティブ・ディレクターには、トーマス・コーソン(Thomas Cawson)が起用された。コーソンは、ラフ・シモンズ(Raf Simons)時代の「カルバン クライン(Calvin Klein)」で、「カルバン クライン ジーンズ(Calvin Klein Jeans)」のディレクションを担ったデザイナーでもある。
ブラウンが招聘され、トーマスとコーソン体制による「ヘルムート ラング」は、コロヴォス夫妻のディレクションと同様に創業者ラングのデザインから実験性を取り除き、ラングのファッション性にフォーカスしたコレクションを発表し、コロヴォス夫妻のデザインよりもラングのオリジナルにより近いスタイルだったと言えよう。同時に、アメリカ伝統のカジュアルファッションの色が強いコレクションにも感じられた。
オリヴァーを起用したコラボレーションが賛否両論を呼び、少々混乱を起こしたブランドを、ラングのDNAをリスペクトするトーマスとコーソンの手腕で軌道修正されて好評を博すが、2020SSコレクションを発表した後に退任する。2019年10月にはトーマスがニューヨークからパリに拠点を移し、「ラコステ(Lacoste)」の新メンズディレクターに就任することが明らかになった。
その後、デザインチーム体制に移行しての発表が続き、2023年5月にピーター・ドゥがクリエイティブ・ディレクター就任へと繋がる。
だいぶ長くなったが、以上が創業者のラングが去ってから現在に至るまでの「ヘルムート ラング」の変遷になる。さて、問題はこれからの「ヘルムート ラング」だ。
ドゥの後任ディレクターは発表されていない。ディレクターの人選以前に、経営陣はこの稀代のブランドをどうブランディングしていく計画なのだろうか。ドゥのディレクションもそうだったが、コラヴォス夫妻や、トーマス&コーソン体制と同様にラングのファッション性を現代化するコレクションを継続するのだろうか。
ここは思い切って刷新するのはどうだろうか。外野の人間が勝手に言うだけのコメントになるが、外野だからこそ自由に言ってみたい。これまでラングのファッション性を重視したコレクションを3世代(コロヴォス夫妻・トーマス&コーソン・ドゥ)と試みたが、ブランドが驚く成長を見せたわけではない。思い切った路線変更を試みたオリヴァーのカプセルコレクションは、ラングのDNAを活かすデザインではなく好評とはいかなかった。
ラングの特徴はミニマルなファッションと共に、前衛的な実験性をミニマルに表現する点にある。ミニマルファッションをテーマにしたコレクションを3世代試みて現状の結果なら、ここは思い切ってラングもうひとつのDNAである実験性をミニマルに表現する側面にフォーカスして、ブランディングの転換を図ってはどうだろうか。
これまた勝手に自由気ままに言うのだが、キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)が「ヘルムート・ラング」を手掛けたら面白そうだ。近年のコスタディノフは服に実験性を持ち込み、スレンダーなシルエットで仕上げるデザインを披露してきた。コスタディノフが持つデザイン的特徴が、「実験性をミニマルに表現する」ラングのDNAとマッチするように思う。おそらくコスタディノフが手掛ければ、これまでのディレクターたちが手掛けた「ヘルムート ラング」とはまったく違うものになるだろう。しかし、その方がブランドの刷新感が生まれて注目を呼び込むのではないか。
もちろん新ディレクターがコスタディノフではなくてもいいのだが、繰り返し述べるようにブランドの方向性として実験性をミニマルに表現するコレクションにシフトするのも一つのジャッジではないか。ディレクターによるブランドのディレクションは「継続路線を続ける」か「一気に刷新する」、どちらかの手法が取られる。「ヘルムート ラング」は前者を続けてきた今、今後は後者の選択をしてもいい時期だ。
ドゥの後任にはいったい誰が就くのだろうか。しばらくデザインチーム体制が続く予感もする。これからの「ヘルムート ラング」が気になってしまう。
〈了〉