AFFECTUS No.576
取締役やクリエーターのポートレイトが並ぶブランドサイトのウェブデザインは、上場を目前に控えたスタートアップのようだ。「ヒューマンメイド(Human Made)」は、単なるファッションブランドには収まらない存在と言えよう。取締役のメンバーを見て驚いたのが、デーヴィッド・マークス(W. David Marx)がいたこと。彼は『AMETORA』の著者であり、日本におけるアメリカントラッドの歴史に言及しつつ、「裏原」という東京ストリートの歴史にも言及した書籍は、私がこれまで読んできたファッション書籍の中でもトップクラスの面白さだった。
アドバイザーには現代アーティストのカウズ(KAWS)、アーティストであり「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」メンズクリエイティブ・ディレクターを務めるファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)がおり、2024年8月にはクリエイティブ・パートナーに、「ガールズ ドント クライ(Girls Don’t Cry)」や「ウェイステッド ユース(Wasted Youth)」を手がけるグラフィックアーティストVERDY(ヴェルディ)が就任している。そしてクリエイティブ・ディレクターを務めるのは、今や「ケンゾー(Kenzo)」のアーティスティック・ディレクターも兼任するNigo(ニゴー)。
人材の多様さを見ているだけで、「ヒューマンメイド」の異質さが際立つ。しかし、本日は「ヒューマンメイド」のビジネス面やブランディングに触れるのではなく、服について触れていきたい。アイテムのデザインを見ていると、「装飾のミニマリズム」という不思議なフレーズが浮かんできた。なぜこのような言葉が浮かんできたのか、「ヒューマンメイド」のアイテムについて語っていきたいと思う。
“The Future Is In The Past” (過去と未来の融合)をテーマに、「ヒューマンメイド」はファッション史に残る定番アイテムをアップデートしていく。テーマが示すように、ワークジャケット、ジーンズ、カーディガン、5ポケットパンツと、「ヒューマンメイド」のラインナップには現代人にとって欠かせないアイテムがずらりと並ぶ。服はそれぞれシンプルなシルエットで、ディテールも特別複雑なデザインというわけではない。
ただ、各々の服は端正な形に作られている。極端に細い、極端に太いといった一目で特徴がわかる形ではない。ある意味では凡庸と言われるシルエットかもしれない。しかし、袖の形、身頃の輪郭、服そのものが綺麗なラインによって作られている。モデルが着用した姿は、ほどよくスリムなシルエットが美しく見えた。ジーンズもバランスが美しく、渡り幅にゆとりを持たせた少々幅広なストレートシルエットは、リラックスとエレガンスが共存する。
綺麗に整えられた服の形にグラフィックが乗っていくのが「ヒューマンメイド」だが、決して過剰にグラフィックを使っているわけではない。むしろ、グラフィックの使い方はシンプルだ。胸元、背中、袖と、グラフィックを配置する定番の場所にハートロゴやブランドロゴ、動物のグラフィックが取り付けられている。生地の色使いと柄も奇抜なタイプは見られない。ベージュやブラックといった定番色に加えて、イエローやレッド、赤 x 黒のブロックチェック、ボーダーといずれもベーシックだ。
もう少し具体的に述べるなら、「ヒューマンメイド」はアメリカントラッドのルールに測ったデザインと言えよう。アメリカントラッドに必要とされるアイテム・素材・色を、シンプルかつ綺麗なシルエットに仕上げている。「ヒューマンメイド」の根幹と言っても過言ではないグラフィックだが、デザインそのものはシンプルで、過剰に取り付けることもない。装飾性を加えるはずのグラフィックはささやかアクセントを加えるだけ。これらの手法で服が作られているため、私は「装飾のミニマリズム」という言葉が浮かんたのだろう。「ヒューマンメイド」のデニムジャケットやアワードジャケットを見ていると、本格アメリカントラッドの復活がブランドのテーマとして掲げられているかのようなデザインだ。
中庸なシルエットは、女性が着ても男性が着ても似合いそうである。事実、女性モデルが赤 x黒のウール製ハンティングジャケットを着ている姿に違和感はない。メンズウェアの古着が好きで着ている女性像を、瞬時に浮かび上がらせるほどリアルだ。
時代に新しい価値観を生む服ではないかもしれない。しかし、モードの最前線とは違う価値観で作られた、端正なトラッドカジュアルは伝える。ヴィンテージウェアを現代にアップデートする楽しさを。
〈了〉