「手取りを増やす」というコピーから考えるファッションデザイン論

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AFFECTUS No.581

現在、物価が上昇し、特に食料品は数年前と比較してかなりの値上げが起きている。今秋、最も驚いたのはお米の高騰だ。我が家では昔ながらのお米屋さんで、毎月5kgのお米を月に2回もしくは3回購入する。お気に入りで4、5年ほど継続購入しているお米は、粘り気ある食感が美味しい宮城県の「だて正夢」という品種で、以前は5kgで2,450円という価格だった。しかし、今秋の高騰で5kg 3,600円に値上がりしたと、電話越しにお米屋さんのお婆さんから教えられ、思わず声に出すほど驚いた。

政府は最低賃金1,500円達成を目標にし、各企業を見ても初任給がかなり上がってきた。しかし、物価の上昇に賃金の上昇が追いつかない印象で、日常生活から余裕が失われているのが現状だろう。そんな時、話題を呼んだのが、先の衆議院選挙で国民民主党が掲げた「手取りを増やす」というコピーを掲げた政策である。控除額を大きくして減税を実現し、手取りの金額を増やすという、賃金上昇とは逆転の発想である。

ここで、国民民主党の政策の是非について触れるわけではない。言及したいのは、「手取りを増やす」というコピーのクリエイティビティと、ファッションデザインでも応用できる発想である。本日は、久しぶりにデザイン論のような内容を話したいと思う。

なぜ「手取りを増やす」というコピーにインパクトがあったのだろうか。それは、物価上昇の生活を改善するには「収入のアップが必要」という認識が一因に挙げられる。それが家計を潤す唯一の手段のような認識が、世の中に広く行き渡っていたと思われる。その認識を壊したのが、控除額をアップして所得税と住民税の減税を実現し、「手取りを増やす」だった。

人間が驚いたり、大きな関心を抱く場合は、それまで持っていたイメージが壊れる瞬間だ。ファッションには「クラシック」、「エレガンス」、「ストリート」といった具合に、その言葉を聞いた瞬間にスタイルを想像させる表現がいくつもある。それらのファッション形容詞から想像される、既存イメージを崩すファッションを作り上げて発表することで、人間の心は揺れる=感動する仕組みが備わっている。

近年でいえば、奇才ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)と気鋭スタイリストのロッタ・ヴォルコヴァ(Lotta Volkova)がタッグを組む「ミュウミュウ(Miu Miu)」が該当する。ミニスカートに対して抱いてた一般的短さのイメージを遥かに上回る、常識外のスーパーショートレングスのミニスカートは、着丈を極端に短くするという、ただそれだけのシンプルなテクニックで既存のイメージを破壊した。

ミウッチャ得意のコンサバスタイルも既存イメージの破壊に一役買った。シャツやカーディガンを用いたコンサバスタイルに、下着が見えるほどに短いマイクロミニスカートを合わせる。加えて、ビキニを合わせるスタイリングも組み込むことで、さらにイメージの破壊を起こす。ミニスカートに抱いていたイメージ、コンサバスタイルに抱いていたイメージが、次々に破壊されていき、「ミュウ ミュウ」は世界に熱狂を生んだ。

「ミュウミュウ」の事例から思うに、様々なファッションに抱かれている既存イメージを把握することは、新しいファッションを生み出す上で重要だ。既存イメージを把握し、その既存イメージをどのように破壊するか。そんな思考で臨むことが新しいファッションを生み出す。しかし、天才と言われるデザイナーには、そんな思考作業はいらないのかもしれない。

話を「手取りを増やす」に戻そう。このコピーはシンプルさも非常に効果的だった。「手取りを増やす」という短くてストレートな表現のコピーが、自分の暮らしにどんな影響をもたらすのかを瞬時にイメージさせる。価値や魅力を伝える時には、一見面白みがないように思えても、シンプルかつストレートな表現の方が一瞬にして価値や魅力を伝える効果を発揮する。

ファッションデザインでも、一つのアイテムに要素が入りすぎると特徴がぼやけてしまうことがあり、強いてはブランドのイメージから外れてしまう現象が発生する。コンセプトを表現するのに、必ずしも複雑である必要はない。マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)は古着に手を加えず、そのまま発表した。テクニックはシンプルで、アイディアの面白さで勝負するのは、ヨーロッパのデザイナーに多く見られる傾向でもある。

今回は「手取りを増やす」というコピーを見た時に感じた、ファッションデザインのあれこれを書いてみた。このような内容は久しく書いていなかったので、たまにはいいのではないかと思い、書いてみたという次第である。

そういえば、お米が軒並み高騰したことで、先月からいくつかの品種を注文しては食べているのだが、お米はネーミングが不思議だ。「あきたこまち」、「ササニシキ」と名前を聞いただけでは、味の想像が難しい。冒頭で触れた「だて正夢」も初めて聞いた時は「???」だった。いくつかのお米を試した結果、しばらく食べ続けようと決めたのが北海道の「ゆめぴりか」だ。かわいい響きの名前は、「日本一美味しいいお米になって欲しい」と願う北海道民の「夢」と、アイヌ語で美しいという意味の「ピリカ」を合わせて名づけられたものだった。「あきたこまち」と「ササニシキ」のさっぱり感と、「だて正夢」が持つもっちり感の中間という、バランスのいい味がとても美味しいお米である。

〈了〉

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