マチュー・ブレイジーは、シャネルに実験と挑戦を持ち込むだろうか

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AFFECTUS No.584

2024年6月にヴィルジニー・ヴィアール(Virginie Viard)の退任が発表されて以降、不在となっていた「シャネル(Chanel)」のアーティスティック・ディレクターの名前が、12月12日にようやく公表された。2021年から「ボッテガ ヴェネタ(Bottega Veneta)」を率いてきたマチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)が就任する。ブレイジーは2025年にメゾンへ加わり、オートクチュール、プレタポルテ、アクセサリーの全コレクションを統括する役目を担う。エディ・スリマン(Hedi Slimane)の名前も噂に挙がった「シャネル」の新ディレクターだが、「ボッテガ ヴェネタ」でクオリティの高いコレクションを発表していたブレイジーが指名されたのは、期待が高まる選択だと言えよう。

1984年パリ生まれのベルギー人デザイナーは、2007年にベルギーの名門校ラ・カンブルを卒業する。ラ・カンブルの知名度は、同じくベルギーが世界に誇る名門校アントワープ王立芸術アカデミーより劣るかも知れないが、「サンローラン」のアンソニー・ヴァカレロ、三日月をアイコンにしたセカンドスキンウェアが人気のマリーン・セル(Marine Serre)、近年では「LVMH プライズ」2024年ファイナリストに選出されたマリー・アダム=リーナールト(Marie Adam-Leenaerdt)が卒業しており、実力派のデザイナーを輩出している注目の学校である。

ブレイジーはラ・カンブル卒業後、「ラフ シモンズ(Raf Simons)」と「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」を経て、2014年にフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)時代の「セリーヌ(Celine)」でシニアデザイナーを務め、2016年から2019年までは再びラフ・シモンズのもとで「カルバン クライン(Calvin Klein)」のウィメンズウェアおよびメンズウェアを担当する。そして2020年からは当時「ボッテ ガヴェネタ」のクリエイティブ・ディレクターを務めていたダニエル・リー(Daniel Lee)のもとでデザイン・ディレクターを担い、翌年2021年からはリーの退任に伴ってクリエイティブ・ディレクターに昇格した。

ディレクター就任後、初コレクションとなった「ボッテガ ヴェネタ」2022AWコレクションは、最初の2ルックからブレイジーのセンスが遺憾無く発揮された。白いタンクトップと色褪せたブルージーンズ、白地にストライプの長袖シャツと色褪せたブルージーンズ、2つのルックを見れば「カルバン クライン」を彷彿させるアメリカンウェアのカジュアルルック。だが、ジーンズに見えたボトムはレザー製であり、転写プリントによってデニムの色落ちと質感を表現したものだった。

翌シーズンの2023SSコレクションでも、ブレイジーのカジュアルルックは冴えていた。Tシャツ、フランネルシャツ、ジーンズはまたもすべてレザー製で、プリントで柄や色味を再現したもの。騙し絵のトリックを用いる手法は、シンプルなテクニックで最大限の効果を発揮するマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)に通じるものだと言えよう。

ブレイジーは「ボッテガ ヴェネタ」のコレクションで必ずと言っていいほど、カジュアルルックを発表する。しかし、そのルック数は少なく、全体的にはイタリアンクラシックと言うべきスタイルが発表されている。申し訳ない程度に少数のジーンズルックがランウェイを歩く。それだけ数が少ないなら発表せず、全体をシックなトーンで統一すればいいのではないか。そう終われても不思議ではない。だが、それではコレクションの常識に倣ったもので面白くない。

限定した数だけ、他のルックとは文脈の異なるルックを挟み込む。それはノイズのように違和感を感じるが、新しい感覚を生み出す種でもある。人々を驚かす、楽しませるものを生み出そうとする創作の現場では、世間一般では合理的に思える手法が非合理になることが多々ある。わざと意識して常識から外れた行為を行い、偶然性を引き込み、想像もしていなかった現象を引き起こす。ブレイジーが証明したのは、新しい何かを生み出すクリエイションの真理と言えよう。

匿名性がDNAの「メゾン マルジェラ」では、デザインチームに所属するスタッフの名が公になることはない。しかし、ブレイジーがメゾンに在籍していた2014年7月、イギリスのファッション批評家スージー・メンケス(Suzy Menkes)は、「メゾン マルジェラ」のアーティザナルラインのリーダーとしてブレイジーの名をリークした。舌鋒鋭いメンケスが名を明かすほど、彼の才能は突出していた。

2024年は次から次へ大物ディレクターが退任し、新しいディレクターが発表されてきた。その中でも、ブレイジーと「シャネル」のタッグは、私にとって今年一番期待を抱かせるディレクター人事となった。現代女性のファッションの礎を築いた伝説のメゾンで、ブレイジーが見せるコレクションが今から待ち遠しい。彼なら実験と挑戦によって、「シャネル」に新しい何かを持ち込むだろう。

〈了〉

参考資料
T JAPAN:The New York Times Style Magazine「マチュー・ブレイジーがボッテガ・ヴェネタで切り拓く新たなヴィジョンと真摯な服づくり」

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