AFFECTUS No.585
現在のアメリカは注目のブランドが多い。かつてはアメリカントラッド、あるいはミニマルでクリーンというイメージが強かったが、今は様々なデザインのブランドが混在し、ファッションの楽しさを知ることができる。人間の数だけスタイルの数があり、スタイルの数だけブランドの数がある。誰かの好きな服は誰かの嫌いな服であり、誰かの嫌いな服は誰かの好きな服。ファッションに正解はない。本日紹介するブランドは一見すると北欧ブランドのようにクリーン&ナチュラルだが、紛れもなくニューヨークブランドだ。
あらゆるコンテンツがスピーディに大量に消費されることが当たり前の今、現代のラグジュアリーとはお金を使って贅沢かつ華やかに過ごすことではなく、早さが求められる世界でいかに時間を優雅に過ごすことなのではないか。そう思わせる服を毎シーズン発表しているブランドが、ブルックリンを拠点にする「ローレン マヌーギアン(Lauren Manoogian)」である。
アメリカ最高峰の美術大学ロードアイランド・スクール・オブ・デザインで学んだデザイナー、ローレン・マヌーギアンは2008年に自身の名を冠したブランドを設立する。当初はジュエリーデザインを手掛けていたブランドに転機が訪れたのは、2010年。マヌーギアンはペルーの小さなウール工場と出会い、ニットウェアの製作を開始する。自然環境への敬意から、未染色の糸を使用し、ベージュやブラウンなどの控えめな色を好み、現地で調達したウールを使用したニットウェアを作り始めた。現在では、コート、パンツ、スカート、フーディ、シューズなどフルアイテムを発表するウィメンズブランドとして成長している。
デザインの系譜的にいえば、同じアメリカの「ザ ロウ(The Row)」に近いだろう。しかし、「ザ・ロウ」が都会派のモダンスタイルならば、「ローレン マヌーギアン」は自然派のモダンスタイルと言える。むしろ優しい素材感と色使い、リュクスなフォルムデザインといった服の要素だけに着目すれば、カルチャー的に交わることはないだろうが、ストリートウェアをラグジュアリーに作り込む「フィア オブ ゴッド(Fear of God)」に近いと言えるかもしれない。
エクリュやベージュなどニュートラルな色を多用し、緩やかなシルエットで作られたコートやカーディガンは見ているだけで瞳を潤す。ベビーアルパカ、メリノウールで作られた服を纏うモデルたちの周囲は、慌ただしい現代とは別世界の空間のように穏やかなムード。「ローレン マヌーギアン」は色使い・素材感・シルエットを見ればナチュラル系に属するデザインと言えるだろう。しかし、単純にナチュラルとは言い切れない、いい意味での雑味が混じり合う。その雑味は非常にピュアだ。
9月に発表された2025SSコレクションはオーバーサイズシルエットがコレクションの核を成して、いつものマヌーギアン スタイルを披露しているが、ドレープとギャザーが様々なアイテムに組み込まれ、元来持っていた服の柔らかさと優しさが増幅されていた。長袖トップスは裾と袖口のヘムラインが波打ち、ロングスカートはふんだんにギャザーを作り込む。オフホワイトで構成されたルックにはノスタルジーが漂う。
外観の特徴だけを見ると、「ローレン マヌーギアン」を「かわいい」と形容したくなるが、ワイドなオーバーサイズだけでなく優雅なロング&リーンシルエットも投入されているため、シックな美しさも作り上げている。2025SSコレクションは滑らかな表情の素材だけでなく、表面に凹凸がある素材も特徴だ。牧歌的なクラフト感が、いっそう時の流れを優雅に感じさせていく。
時間を誰と過ごすかによって、着る服も変わってくる。友人、恋人、家族。大切な人と会う大切な時間を、アルパカで作られたカーディガンが肌を優しく暖かさで包み込み、慈しみ深いものにするだろう。
ファッションは刺激的なデザインで興奮を呼び起こし、非現実感を演出するのが王道の手法。だが、「ローレン マヌーギアン」はまったく逆の方向性のデザインで、着る人を優雅な世界へ案内する。徹底的に快適さを探究する創作姿勢は、肌にも瞳にも心にも優しい服を完成させた。全身エクリュのスタイルに伴う非現実感。一度浸ってしまったなら、抜け出すことのできない魅惑の世界が待っている。
〈了〉