AFFECTUS No.591
今から約1年前、2024年1月25日、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)が指揮する最後の「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」が発表された。ラストを飾ったのは、2024年春夏オートクチュールシーズンに発表された2024 Artisanal コレクション。最後のショーも、服装史を着想源とするガリアーノの創作姿勢が鮮烈だった。
象徴的なアイテムはコルセット。頭部に黒いハンチングを被った男性モデルが上半身裸で登場し、白いコルセットを着用。急激に絞られたウエストラインは痛々しくもあり、彫刻的な造形美を訴える。彼は腰回りが大きく膨らんだ黒いトラウザーズを穿き、その膨らみはクリノリンを連想させた。さらに、白いしつけ糸がセンターに通されたままのトラウザーズは、メンズテーラリングの過程を呼び起こす。
クラシックなトレンチコートはボリュームアップし、ガウンのように流動的なフォルムを見せる。黒地に白い格子が浮かぶウィンドウペンチェックのスレンダーパンツは側面に赤い側章が飾り付けられ、足元に履いたポインテッドトゥの靴との相乗効果で、クラシックにもパンクにも感じられる。
女性モデルたちも、透け感のある黒いレース、クリノリンシルエットのロングスカートなど婦人服の伝統的な素材とシルエットを身に纏い、中には男性モデル同様にコルセットで腰を締め付けている者もいた。
ヘリンボーン生地を使用したウィメンズのスーツは、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)のニュールックをガリアーノがグラマラスに解釈したデザインに感じられた。胸元が大きく開き、強い曲線を描くラペルは裾付近で形が崩れ、リボン状へと遷移する。急激に絞られたウエストから広がるスカートはまさにニュールック。しかし、ガリアーノはスカートのフォルムを裾に向かってテーパードさせ、ペンシルスカートへと変容させた。体を表現するシルエットの強弱が激しく、ボディラインの強調が印象に残る。
今回のコレクションは、フェルナンド・E・ソラナス(Fernando Ezequiel Solanas)監督の映画『タンゴ・ガルデルの亡命』へのオマージュも含まれており、ショーでは映画にインスパイアされたショートムービーも公開された。モデルたちは陶器人形風のメイクを施し、人形のような歩き方を見せた。
しかし、テーマ性以上に、やはり服装史がドラマティックに生まれ変わった衣服のインパクトが際立つ。歴史からインスパイアされる服作りは、どんなコレクションでも貫かれるガリアーノの創作姿勢だ。
先ほど、冒頭のコルセットを着用した男性モデルの姿は、女性モデルよりも痛々しく感じられたと述べた。これは、男性と女性の身体の違いに起因する。女性はボディラインが曲線的だが、男性は直線的。そのため、ウエストの絞りが女性よりも浅いにもかかわらず、フラットな男性の身体をコルセットで急激に変形させる歪さが際立ち、痛々しさを感じさせたのだ。
かつて、コルセットの着用が常識だった時代、女性たちは痛みに耐えながら理想のシルエットを追求した。その痛みを現代の男性に強いることで、歴史への批評性を内包するデザインとなった。
ガリアーノは過去の服から引用し、服が持つ要素を最大化する。一方で、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)も過去の服から引用するが、その手法は対極的だ。マルジェラは要素を削ぎ落とし、研ぎ澄まして表現する。同じ歴史からの発想でも、アプローチが異なれば服のデザインはこれほどまでに変わる。しかし、過去から創造の源を得て、現代にメッセージを発するというクリエイターとしての姿勢は共通している。
ガリアーノがメゾンを率いた約10年。「メゾン マルタン マルジェラ」から「メゾン マルジェラ」へと名前が変わり、ブランドは変貌した。ガリアーノが作り上げたマルジェラは、以前のマルジェラとは確かに異なる。しかし、そこには創造の楽しみがあった。
4年ほど前、ガリアーノが手がけた2020年春夏コレクションの「メゾン マルジェラ」を見ていて、頭に浮かんだフレーズがある。大切だと思えた言葉で、今回の締めくくりとしたい。
「あなたの考えに共感はできないけど、異なる考えが共存する世界には共感する」
〈了〉