AFFECTUS No.596
黒が主役の色として帰ってきた2025AWメンズファッションウィーク。とりわけ黒の存在感がより際立ったのがパリメンズだった。ファーストルックに登場する服の色は全ての色を飲み込むダークカラー。そんなコレクションが多かった。ストックホルムのブランドから、世界的人気ブランドへと成長した「アワー レガシー」もコレクションの始まりを黒で告げたブランドの一つだった。
経年変化して色褪せたブルージーンズから、上質な生地で仕立てたシックなテーラードジャケットへ。そんなふうに「アワー レガシー」の世界は塗り替えられていく。それぞれのルックを見れば、黒の使用はそこまで多くない。グレーやベージュといったベーシックカラーも多用され、ミリタリーウェアを想像させるオリーブ、パーティーに映えるレッドも使われており、「アワー レガシー」の象徴であるデニムも登場して、色は思った以上にバリエーション豊か。だが、コレクション全体のムードに漂うのは色彩の豊かさを感じさせない、アイテム構成とスタイリングに由来するクラシックな重さだった。
ベルテッドコート、コーデュロイパンツ、カーディガン、クルーネックのニットにシャツを合わす、プリントシャツを着て首元にスカーフを巻く、といった具合にモデルたちが着る服と着こなしは正統派の香りがしてくる。決してカジュアルルックがないわけではない。むしろ、コレクションの半分近くをカジュアルが占めているのではないか。そう思えるほどに、ジーンズやスウェットを着たモデルたちの印象は強い。しかし、それでもこの2025AWコレクションはクラシックだと断言したくなる落ち着きが見えるのだ。
先ほど、今回の「アワー レガシー」が使ったレッドを「パーティーに映える」と表現したが、訂正したい。「鮮血で染まったシャツ」と言い直そう。色味はビビッドではなく、深みのある赤だ。オリーブの中綿ブルゾンにスウェットライクなパンツを穿いたウィメンズルックは、ブルゾンとパンツの色は彩度が一段低い印象で、カジュアルなはずのアイテムとスタイルがややダークに映る。
2025AWコレクションはカジュアルながらもトーンを抑えた配色で、落ち着きが漂う。
私は「アワー レガシー」の変化をネガティブに捉えているわけではない。むしろ、ポジティブに考えていると言っていい。ブランドが継続していくには、変化が必要不可欠だ。たとえばスポーツを代名詞とするブランドが、ガーリーへ大胆に変化しても構わない。スタイルが180度変わったとしても、そこにDNAと言えるブランドの核があるなら、全く違う服装に見えても同じ匂いを感じられるはずだ。
「アワー レガシー」のクラシカルな姿には、重さはあるが重々しくはない。プリントや刺繍というグラフィカルな装飾性が控えられ、シルエットを堪能する服として仕上がっている。クリーンなカッティングと適度なボリューム、彩度が控えられた色彩が調和することで、服は完成度を増す。そしてモデルたちの感情を抑えた表情が、服の静けさをいっそう引き立てる。
人間が年齢を重ねるにつれ、主張が控えめになり落ち着きを増すように、ブランドもまた、歳月が経過する中で個性をまろやかにしていく。その結果、深みのある「味わい」を持つ服が生まれる。それが「成熟」というものだ。この変化をつまらないと感じるか、それとも面白いと感じるか。あなたはどうだろう?
「アワー レガシー」は成熟という新たなステージに立つ。
〈了〉