AFFECTUS No.600
2025年が始まるとともに、ビッグブランドのディレクター退任に関するニュースが絶えず流れている。その中でも特に注目したいのが、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が「ディオール(Dior)」に移籍するという噂だ。メゾンから正式な発表あったわけではないが、キム・ジョーンズ(Kim Jones)の退任が発表されたことで、この噂が真実であるかのように思えてきた。
現在、ウィメンズラインを手がけるマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)については、何一つ明確な情報は出ていない。1月にはキウリが手掛けたオートクチュールコレクションが発表されたばかりだが、ジョーンズの退任を受けて、アンダーソンがメンズ・ウィメンズ両ラインを担当するのではないかという憶測も浮上している。
アンダーソンが「ディオール」を手掛けるかどうかは定かではないが、今回はアンダーソンと「ディオール」の相性について考えてみたい。ファッションにおいて、想像することこそが楽しさの一部だ。
まず、「ディオール」の特徴を理解する必要がある。それを踏まえた上で、アンダーソンのスタイルがどうマッチするかを考えてみよう。クリスチャン・ディオール(Christian Dior)が設立したメゾンには、贅沢さや華やかさが強く結びついているが、その本質はダイナミズムにある。1947年に発表されたニュールックがその象徴だ。華奢な肩幅と急激に絞られたウエストを持つジャケットに対し、フレアシルエットのスカートは花が咲き誇るように大きく広がる。このコントラストこそが、「ディオール」のDNAを表現している。
ニュールックは戦後の時代背景を反映したスタイル。第二次世界大戦で女性たちが働かざるを得なかった時期から、終戦後にファッションに対する欲求が高まった。それに応える形で生まれたニュールックは、戦時中の服に必要とされた実用性とは対極にあり、当時としては古くとも新しいシルエットだった。過去のスタイルをモダンに再構築することこそが、「ディオール」の革新性を象徴している。
ディオールの歴史において、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)が果たした役割も重要だ。ガリアーノのデザインは一見するとクリスチャン・ディオールのスタイルとは異なるように見えるが、彼はファッション史からインスピレーションを得て、映画のようなドラマティックなコレクションを展開してきた。この劇的な表現力こそが、「ディオール」のDNAに新たな命を吹き込んだ。
「ディオール」のディレクターには、ダイナミズムを体現できる力が求められる。その点、アンダーソンは文句なし。ロンドンで注目を集めた初期のコレクションでは、スカートやフリルといった女性らしいアイテムをメンズに取り入れ、筋肉質な男性モデルに着せるという大胆な発想を見せた。
2013年に「ロエベ(Loewe)」のディレクターに就任したアンダーソンは、ブランドの伝統であるクラフトマンシップを保ちつつ、斬新なアイデアを次々と展開してきた。近年のコレクションでは、前衛的なミニマリズムと呼べるシンプルでクリーンな服に、奇抜なボリュームを取り入れることで、従来のミニマルウェアを書き換える革新を見せてきた。
アンダーソンを語る上で欠かせないのは、彼のグロテスクな視点だ。アンダーソンは美しい服に留まることなく、しばしば美しさの基準を壊すデザインを導入する。初期の作品では、虫を閉じ込めたアクセサリーを作るなど、奇異な感性が際立っていた。このユニークな視点こそが、アンダーソン最大の魅力であり、彼が手掛ける「ディオール」も従来の枠にとらわれないものになるだろう。
もしアンダーソンが「ディオール」のディレクターに就任すれば、過去のどのデザイナーとも異なる、新しい「ディオール」が生まれるに違いない。甘さや華やかさにとどまらず、フェミニンさを再定義するコレクションが期待できるだろう。願わくば、アンダーソンが「ディオール」を指揮する姿を見てみたい。噂が現実となるかどうか、今後の動向に注目していこう。
〈了〉