AFFECTUS No.604
近年最もディレクターの退任と就任が多いといっても過言ではない現在、一つ注目していたブランドがあった。それは、ピーター・コッピング(Peter Copping)がアーティスティック・ディレクターに就任した「ランバン(Lanvin)」 @lanvin である。2015年10月にアルベール・エルバス(Alber Elbaz)が去って以来、長らく「ランバン」、とりわけウィメンズラインは迷走が続いていた。それは漆黒の中の暗黒といってもいぐらいの迷走だ。
エルバスの後任として2016年3月に就任が発表されたブシュラ・ジャラール(Bouchra Jarrar)は、わずか16ヶ月で退任。ジャラールの後任として2017年7月に就任したオリヴィエ・ラピドス(Olivier Lapidus)に至っては、たった2シーズンを務めただけで2018年3月に退任。8ヶ月という極めて短期の在籍期間だった。
ただ、ラピドスの早期の退任はデビューコレクションから予想されていた。ラピドスが手がけるなら、当時メンズラインのディレクターだったルカ・オッセンドライバー(Lucas Ossendrijver)に、ウィメンズラインの指揮も一度任せてみるべきだった。その後、オッセンドライバーも2018年1月に退任してしまうのだが……。
ディレクター不在状態だった「ランバン」がようやく落ち着きを取り戻したのが、2019年1月。ウィメンズとメンズの両ラインを手がけるディレクターとして、ブルーノ・シアレッリ(Bruno Sialelli)が就任する。シアレッリはジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)指揮下の「ロエベ(Loewe)」でメンズデザイナーのトップを務めてきた人物だ。
シアレッリのコレクションは、従来の「ランバン」像とは違っていた。デビューシーズンの2020SSコレクションを初めて見た際は「これがランバンか?」と疑問に感じたが、ルックを見ていくうちに愛らしいスタイルが好印象に思え始め、新しい「ランバン」が始まったとポジティブな気持ちになった。
その後、シアレッリの「ランバン」は密かな楽しみとなっていく。
エルバス時代よりもカジュアルなルックを見せたかと思えば、2021SSコレクションでは中国のエレガンスを西洋視点から解釈したようなメンズ&ウィメンズコレクションを披露。2021AWメンズコレクションはラグジュアリー感のあるストリートテイストを発表し、2022SSコレクションでは古典的な美しさに亜熱帯な空気を取り入れた。
一見するとスタイルが定まっていないように見えるが、アンダーソンに通じる奇妙なアクセントがデザインされ、それが心地よかった。
しかし、業界ではあまり話題になることはなく、むしろ評価は芳しくなかった印象だ。それでもシアレッリ体制は2023年4月まで続く。混乱に陥っていたメゾンを落ち着かせ、多様なランバン像を提案したシアレッリはもっと評価されてもいいのではないかと思う。
そしてシアレッリ体制が終わり、2024年にコッピングがメンズとウィメンズを統括するアーティスティック・ディレクターに就任。ついに今年1月、2025AWコレクションでデビューを迎えた。
コッピングといえば「ニナ リッチ(Nina Ricci)」時代がすぐに思い浮かぶ。「ニナ リッチ」では天才オリヴィエ・ティスケンス(Olivier Theyskens)の後を受け継ぎ、見事な才能を披露していた。個人的な好みで言えば、森の中に迷い込んだ妖精のために美しいドレスを仕立てたかのような、幻想的なティスケンスの「ニナ リッチ」の方が好きだったが、淑女のエレガンスを丁寧に発表し続けたコッピングの「ニナ リッチ」も素晴らしかった。
そんなコッピングが手がける「ランバン」は、やはりお淑やかで上品。シックな人物像はこれぞコッピングというもの。ただし、ウィメンズラインに関しては「ニナ リッチ」時代よりもマスキュリンな香りが強く、シャープな印象を受けた。コッピングは甘く優雅な「ランバン」を創るのではないかと思ったいたので、この方向性は意外だった。
だが、その変化を否定的に捉えているわけではない。むしろポジティブに感じている。
今思えば、シアレッリの「ランバン」は少々前衛的だった。やはり「ランバン」には優雅でしっとりとしたエレガンスが似合う。メゾンには落ち着きが必要だったと思えば、コッピングが「ランバン」らしい流麗なシルエットのドレス、上質な素材感、煌びやかな装飾を駆使したシックなルックと一緒に、このメゾンでは以外に思えるシャープな色とシルエットのルックを織り交ぜ、マスキュリンを溶け込ませたデザインは、「ランバン」が次に向かうためのリセットして必要なことだった。
コッピングのコレクションには知性も匂う。これから創業者ジャンヌ・ランバン(Jeanne Lanvin)の世界を、どう再構築していくのか楽しみだ。モダンな淑女が誕生するかもしれない。次のシーズンを楽しみに待ちたい。
〈了〉