「ミニマリズムからの脱却」メイヤー夫妻が再定義したジル サンダー

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AFFECTUS No.606

また、大物クリエイティブ・ディレクターの退任が発表された。しかし、今回のニュースはすでに噂されていたことで、大きな驚きはなかった。2017年から「ジル サンダー(Jil Sander)」を手がけてきたルーク・メイヤー(Luke Meier)とルーシー・メイヤー(Lucie Meier)が、2025年秋冬コレクションを最後にブランドを去る。後任には、現在「バーバリー(Burberry)」のチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるダニエル・リー(Daniel Lee)が就任すると噂されている。

最後のコレクションとなった2025AWコレクションは、まさに二人の集大成。メイヤー夫妻が「ジル サンダー」というブランドの概念をどう捉え、どのように拡張してきたのかを端的に示すものだった。

「ジル サンダー」といえば、まず思い浮かぶのはミニマリズム。創業者ジル・サンダーが築いた、一切の装飾を排したストイックな美学は、緊張感と気品を併せ持つ。その後、ラフ・シモンズ(Raf Simons)がサンダーの哲学を受け継ぎ、芸術性が迫る領域にまで高めた。ラストシーズンとなった2012AWコレクションは、まさに圧巻。シモンズのキャリアにおいても最高傑作と称したい、心を揺さぶるコレクションだった。

しかし、メイヤー夫妻はこの「ミニマリズム」というブランドの核を、あえて忠実に継承しなかった。むしろ、二人の手法はミニマリズムからの脱却にある。そのことは、2025AWコレクションを見れば明白だ。

ブラック、グレー、オフホワイトといったベーシックカラーの中に、パープルやピンクがアクセント的に挟み込まれる色彩設計は、「ジル サンダー」の伝統を感じさせる。しかし、服の表面に目を向けると、その印象は一変する。今回のコレクションの主役はフリンジ。しかも、単なる装飾としてではない。

一般的にフリンジはドレスやスカートに使われることが多い。しかし、メイヤー夫妻はそれをテーラードジャケットやチェスターコートの身頃全体に用いた。しかも、ドレスやスカートに使われたフリンジとは異なり、アウターに施されたのはフェザーのような表情を持つ装飾。原始的かつ野生的なテクスチャーが、メイヤー夫妻が持つデザインの特徴を際立たせている。

さらに、2025AWコレクションではアシンメトリーなデザインが多用された。たとえば、ある膝下丈のプリーツスカートは、右側にシルバーの眩い光沢を放つ生地を、左側にはグレーがかった白い無地の生地を使用。シルバー部分を拡大してみると、白いプリーツの谷間にチェーン状のシルバー素材が織り込まれているようにも見える。オートクチュールの技術を思わせる精緻なディテールだ。

ショーの終盤には、銀色に輝くスパンコールがトップスの中央を鎧のように覆うルックも登場したと思えば、黒からイエロー、黒からブラウンへとグラデーションを描くテキスタイルも披露された。こうした民族的な要素をモダンに落とし込む手腕も、メイヤー夫妻の持ち味である。

デコラティブな技術が使われているが、色数を抑えて服の輪郭は基本的にシンプルに作るため、コレクションはクリーンな印象に着地する。だが、その実態はアーバンエスニックとも呼べるデザイン。これが、メイヤー夫婦が手掛けてきた「ジル サンダー」である。改めて二人の功績を振り返ると、ブランドの歴史に新たな価値をもたらしたことは明らかだ。そのデザイン哲学は、決して一過性のものではなく、ファッションデザインの文脈的にも価値あるものだと言える。

現在、二人の次の行き先として「ロエベ(Loewe)」の名前が挙がっている。スペインを代表するこのブランドは、クラフトマンシップを重視することで知られる。メイヤー夫妻のデザインとの親和性を考えれば、「ジル サンダー」以上の化学反応を生み出す可能性は十分にある。二人は本当に「ロエベ」に移るのか。それとも、まだ名前の挙がっていない意外なブランドで手腕を発揮するのか。正式な発表を待ちたい。

〈了〉

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