AFFECTUS No.608
「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」の新クリエイティブ・ディレクターに指名されたグレン・マーティンス(Glenn Martens)。就任発表を知り、現在ディレクターを務める「ディーゼル(Diesel)」での動向が気になったが、引き続きディレクターを継続するとのことで、安心したファンもきっと多いだろう。世界を驚かせたニュースで注目される中、2月26日、マーティンスは「ディーゼル」2025AWコレクションを発表した。
ルックを見てみると、意外な印象を受けた。これがマーティンスの手がけたデザインなのかと思うほど、かなりあっさりした服が登場したからだ。クルーネックのツイードジャケット、シンプルでスリムなジーンズ、ライトグレーのノーカラーコート、それらのアイテムにはマーティンスが指揮する「ディーゼル」の代名詞となった破壊的な加工は全く見られない。特にジャケットとコートに使われている素材は、テーラーが仕立てたスーツに使われた生地のように美しい表情。
そう思っていると、不思議な素材感のノーカラーコートが現れる。ちなみにノーカラーが多いのは、ココ・シャネル(Coco Chanel)が今回の着想源の一部だったからだろう。伝統のファブリックである千鳥格子で作られたコートは裾が断ち切られ、ほどけた繊維がゆらゆらと揺れる。身頃や袖の生地を見てみると、腐敗したかのごとく所々で色が大きく変色していた。
そこから最後まではいつもの「ディーゼル」スタイルがランウェイを歩いていく。捻れた造形のブルゾンやドレス、錆びや汚れを彷彿させる加工は、これまでマーティンスがイタリアンブランドで何度も披露してきたテクニックだ。
ただ、コレクション全体の印象はやはりこれまでとは違う。どことなく2000年代の「メゾン マルタン マルジェラ(Maison Martin Margiela)」が呼び起こされる。マルジェラ自身がまだ手がけていた時代のコレクションである。
1990年代のマルジェラは実験精神にあふれていたが、21世紀に突入してからのマルジェラは服の要素を遊ぶユニークなデザインを発表していた。1990年代に比べれば大人しいデザインとも言えるが、決してシンプルではない。前衛的だが、微笑ましいコレクションとも言えよう。
2000年代のマルジェラで真っ先に思い出すのが、2006SSコレクション。ベアトップ型のロングドレスやアシンメトリーなロングシャツ、トップスにチューブトップを着用したシックなトラウザーズルックと、一捻りの入った装いが発表されていくが、このコレクションの注目は別の場所にあった。それはアクセサリーだ。
モデルの首元にはキューブ型のネックレスが見える。その素材は氷。しかも緑や紫色の氷が使われている。カラフルな氷は溶け出し、白い服の生地の上に液体となって垂れていく。当然、生地には色が染み込む。計算された美しさなどない。ただ氷が溶け出し、服の上に垂れただけなのだから。そんなシンプルなアイデアのコレクションが、発表から20年近く経った今も記憶に残っているから不思議だ。
今回の「ディーゼル」とマルジェラのデザインは異なっている。しかし、ファッションの伝統を捻り、シンプルな形で発表する手法はマルジェラと共通しており、今回の2025AWコレクションは、マーティンスによる「メゾン マルジェラ」のデビューコレクションの予告に感じられた。
マーティンスは、マルジェラのアーカイブを参照したコレクションを発表するのか。それともマルジェラのエッセンスのみを汲み取り、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)と同じく新しいメゾンの姿を作り上げるのだろうか。マーティンスの選択に注目したい。
〈了〉