AFFECTUS No.611
先日、「エッセンス(SSENSE)」で興味深い記事が公開された。「トレンドはファッションの未来予知?」という記事で、2025AWシーズンのファッションウィークに登場したトレンドがまとめられている。この記事を書いたMax Berlingerが、冒頭でトレンドの意味と価値を軽快に語る文章が心地よかった。ああ、この人はトレンドが好きなんだ。そう思える語りだった。
そういう私もトレンドが好きだ。私が「トレンド」という言葉を使う時、それは「ファッションデザインの流れ」や「文脈」を指すことが多い。ならば「コンテクスト」と書けばいいのだが、どこか高尚すぎる。良くも悪くもファッションは軽い。軽薄に思えるほど軽い時もある。だから、私は「コンテクスト」よりも「トレンド」を選ぶ。とはいえ、「コンテクスト」という言葉の響きはカッコいいから、たまに使いたくなるのだけれど。
「ファッションは経営もトレンドで行う」
「メイドインジャパン」を掲げたかと思えば、次は「サステナビリティ」を強調する。もちろん、信念を持って取り組むブランドや企業もあるが、そうではない場合もあるのだろう。だから、「経営もトレンド」と揶揄されるのだと思う。
ああ、トレンドという言葉は本当に軽い。でも、その軽さが好きだ。「人気のアイテム、人気のスタイル」というのが、トレンドの一般的な意味だと思われる。ファッションが好きな人ほどトレンドという言葉に抵抗を感じるかもしれない。人と同じ服を着ること、人と同じスタイルを装うこと。個性的であることがファッションなのに、トレンドを取り入れることで個性が埋没する。それはファッションでは避けたい問題だ。
しかし、そんな人気アイテムやスタイルを知ることには面白さがある。トレンドには、現代ファッションの趣向が凝縮されている。今はこんなアイテム、こんな色、こんな素材、こんなスタイルが求められているのか。それを知ることは、ファッションの「今」を体験することでもある。
そして、注目すべきトレンドがあれば、ファッションは刺激的になる。30年ほどファッションを見てきたが、ブランドやデザイナーも逃れられないビッグトレンドが現れた時ほど、ファッションは面白い。「ノームコア」「ビッグシルエット」「ダッド」。時代のファッションを象徴する言葉が生まれる瞬間、そこには興奮がある。
アントワープ、エディ・スリマン、ヴェトモン。この30年で私がビッグトレンドを感じたのは、この3つだった。中でも異質なのは「ヴェトモン(Vetements)」。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)と言い換えてもいい。「アントワープ」と「エディ・スリマン」は「カッコいい」と感じる体験だったが、「ヴェトモン」は違った。「こんな服、誰が着るんだ?」という困惑と怒り。そして、その怒りがいつの間にか心地よく、楽しくなっていった。
滑らかで洗練されたシルエット、多彩で鮮やかな色彩。ファッションの美しさは肯定的な形容詞で語られることが多い。しかし、ヴェトモンはその逆を行く。それは「アグリー(醜さ)」をファッションとして成立させる価値観の転換だった。
だからヴァザリアがただビッグシルエットのスーツを作っても、物足りない。もっと怒らせてほしい。もう一度、塗り壁みたいなジャケットを作ってくれよ。それを見て、また怒りを感じたいんだ。
トレンドを無視することは、本当に可能だろうか?
トレンドに嫌悪感を抱いたとしても、あまりにトレンドから外れた服を着ると「ダサさ」が漂う。それは避けられない現実だ。「ダサいと思われてもいい」という鋼のメンタルがあれば問題ないし、そもそもファッションに興味がなければ、ダサくなることを気にする必要もない。
しかし、ファッションが好きな人にとって「ダサい」と思われるのは避けたいはずだ。
ああ、でも「ダサさ」が魅力に変わったスタイルもあった。「ダッド」がそうだ。それを生み出したのは、デムナ・ヴァザリア。彼はファッションの価値観を何度もひっくり返してきた。
ある服を「カワイイ」や「カッコいい」と思うのも、結局はトレンドの影響を受けている。自分の感覚で「カッコいい」と思った服も、その時代の潮流の中にある。ファッションに関わる以上、トレンドから逃れることはできない。だったら、楽しんだ方がいい。何度も言うけれど、トレンドは面白いよ。トレンドの何を取捨選択し、自分の中に取り入れるか。トレンドには文脈を読み解き、発展させるゲーム的面白さがある。
ストリートウェアの熱狂が落ち着いた今、新たなビッグトレンドはどこにある?
もうそろそろ見たい。怒りを感じさせるビッグトレンドを。
〈了〉