ハイクはシアー素材で身体を隠し、アウターで感情を語る

AFFECTUS No.614

同じ「重ねる」でも対象が変われば、その言葉から受ける印象は正反対のものになる。「愛を重ねる」は、温かさや深みを感じさせ、時間が経つごとにその重ね合わせが深い絆となり、力強くも優しいものへと変わる。一方で、「罪を重ねる」とは、背負うべき重荷が増えていき、やがてその負担が限界を超えて崩壊を引き寄せ、重さがのしかかってくる言葉だ。

同じ言葉であるにもかかわらず、まったく異なるイメージを作り出す。それはファッションにも見られる現象である。「ハイク(Hyke)」2025AWコレクションは、「ザ ノース フェイス(The North Face)」とのコラボレーションと共に、5年ぶりのランウェイショーで最新ルックを発表した。吉原秀明と大出由紀子は、見せることと隠すことを重ね合わせたレイヤードを巧妙に使い、意外な形で見る者の心を惹きつけていく。コレクションの中で「重ねる」は二つの姿を現す。

薄く透ける黒い布が、カジュアルなTシャツ、チェック柄のパンツやシャツの上からレイヤードされている。軽やかに揺れる黒いテキスタイルの下にあるアイテムは、いずれもワークなテイストで「硬さ」を想起させる服ばかり。そこに立ち上がったのは秘匿的な何か。透ける布地で仕立てたパーツをベールのように重ねる。ただそれだけで、肌を大胆に見せているわけでもないのに、「THE NORTH FACE」の大文字が映えるロゴTシャツを色っぽく見せてしまう。

19世紀初頭のヨーロッパでは、薄く透ける布地のモスリンで作ったハイウェストの「シュミーズドレス」が流行し、女性たちの間で一世を風靡した。モスリンというあまりに薄い布は、ヨーロッパの冬にはそぐわないものだったが、それでも女性たちはドレスを着た。肺炎となり、命を落とす者も多くいたが、それでも彼女たちはモスリンのドレスを身に纏いたいという欲を止めることはなかった。

人間には「見せたい」と「見せたくない」という二つの欲が存在する。見せたい対象は、必ずしも自分の身体とは限らない。自分の経歴に自信があれば、それをアピールしたくなることもあれば、逆に際立った経歴がないと感じる時は、隠したいと思うこともある。そして、「見せること」と「隠すこと」が混在した欲もまた存在する。たとえば、SNSへの投稿は本来他人に見せたくない自分の生活を、世界中の人々に公開する行為となっている。

「ハイク」のシアーなレイヤードは、人間の隠された欲を露わにするものに見えた。だからこそ私は色気を感じたのだが、その色気は決して性的なものではない。それはむしろ、肉体的な性を超えて、人間の内面を表現しようとするアートの裸婦像に近い感覚だ。脳裏に浮かんだのは、エドゥアール・マネ(Édouard Manet)の『草上の昼食』だった。

「見せたい」と「見せたくない」。人間の深層に潜む欲望と感情を、肌ではなく服を透かすことで形にする。シアーなレイヤードが示すのは、単なる色気ではなく、私たちの内面の奥底で渦巻く複雑な感情そのものだ。

「ハイク」はボア素材を用いて、もう一つのレイヤードを提示する。ダッフルコート、フライトジャケットという名作アイテムは、吉原と大出の視点を通すことで新しい形を作り出した。ダッフルコートには身頃にボアフリースのベストを重ね、フライトジャケットは、袖の上からボアフリースの袖を重ねたような構造に仕上げている。

同じ「重ねる」でも、シアー素材のレイヤードが色気や感情の揺らぎを感じさせたのに対し、ボアフリースのレイヤードにはどこか装甲のような重みと防御性がある。アウターは本来、服の一番外側に位置する存在。そこからさらにレイヤーを施すことは、一般的なスタイリングの常識からは外れている。だからこそ、その「重ね」には意味が宿る。「ハイク」が発表したアウターは、レイヤードという構造を通して、心と身体を保護する「厚み」と「強さ」を可視化していた。

そこに私が見たのは、またしても人間の「欲」だった。今度の欲は、「自分を成長させたい」というもの。

シアーなレイヤードが「見せたい/見せたくない」という感情の揺らぎを表したの対し、ボアのレイヤードには「もっと強くなりたい」というポジティブな衝動が滲む。

今の自分に完璧に満足している人など、そう多くはいない。家族、恋人、社会との関係、理想と現実のギャップに日々晒されながら、私たちはそれでも成長を望み、努力を積み重ねていく。しかし、すべてがうまくいくわけではない。努力が報われないこともある。挫けそうになる時もある。それでも、また少しずつ前に進もうとする。その意志こそが、「もう一枚を重ねること」なのかもしれない。

疲れ果てて何もかもを諦めたくなる日。そんな日に、服がそっと背中を押してくれることがある。大好きな服に袖を通すだけで、少しだけ心が軽くなる。服には、人の感情を支える力がある。

「ハイク」が披露したレイヤードは、単なる防寒のための重ねではない。それは、人間の心の装甲であり、乗り越えたいと願う意志の形だ。時に強くあろうとし、時に弱さを受け入れながら、私たちは少しずつ、また一歩進んでいく。「重ねる」という行為には、そんな人間の営みのすべてが詰まっている。吉原と大出が手がけた伝統のアウターは、私たちの気持ちに寄り添い、再び歩き出す勇気をくれる。

愛を重ねるように、罪を重ねるように、私たちは毎日何かを積み重ねている。感情も、記憶も、選択も、すべてが折り重なって「今の自分」が形づくられていく。「ハイク」が2025AWコレクションで発表したレイヤードは、重なり合いの中に、私たちの矛盾や希望までも映し出す。「見せたい」と「見せたくない」の間で揺れながら、これからの道を選ぶ。選択に正解はない、選んだ選択を正解にする。それが理想だ。しかし、現実は違う。悩み、苦しみ、すべてを投げ出したくなる日もある。そんな時、大好きな服を手に取って、少しだけの勇気をもらい、もう一度顔を上げてみよう。

〈了〉