ディオールのウィメンズを、アンダーソンが手がける可能性

AFFECTUS No.618

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が「ディオール メン(Dior Men)」の新クリエイティブ・ディレクターに就任するというニュースが流れたとき、多くの人が「肩透かし」を食らったような気分になったのではないだろうか。

数ヶ月前から各ファッションメディアを中心に流れていたのは、「アンダーソンが、『ディオール』のウィメンズとメンズの両ラインを手がける」という噂だったからだ。「ロエベ(Loewe)」で確固たる評価を築いたアンダーソンが、LVMHグループ内で横滑りする。その筋書きには、それなりの説得力もあった。

しかし、フタを開けてみれば、確かに「ディオール」ではあるが、メンズのみの起用。噂との「ズレ」が、世間の期待にギャップを生んだ。

しかし、ここで一つ考えてみたい。

「ジョナサン・アンダーソンが、今後ウィメンズを手がける可能性は本当にないのだろうか?」

たとえば「ビジネス オブ ファッション(The Business of Fashion、以下BoF)」の記事によれば、アンダーソンは数ヶ月前から「ディオール」で、チームビルディングを静かに進めていたことが報じられている。アンダーソンの「ディオール メン」ディレクター就任という発表すら、LVMH会長のベルナール・アルノー(Bernard Arnault)が明らかにするまで、外に漏れていなかった。

この事実を踏まえるなら、「今出ていない」ことをもって、「今後も起きない」と判断するのは早計ではないか?

発表タイミングにも注目したい。

新体制となる「ディオール メン」の初コレクションは、6月25日にパリで発表される。一方、ウィメンズのパリファッションウィークは9月下旬から開催される。コレクション制作期間を考えても、まだ時間の猶予はある。

もし、ウィメンズのディレクターを務めるマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)の退任があるとすれば、5月中の発表が自然だろう。先ほどのBoFの報道では、「ディオール メン」のチーム編成が水面下で進められていたことしか明かされていないが、ウィメンズについても同様に極秘裏に動いていたとしても不思議ではない。今はただ、その情報が「出ていない」だけかもしれないのだ。

しかし、一方でBoFはこうも報じている。

キウリは無期限契約を結んでおり、彼女が在籍している間、他者が彼女の仕事を代行することは契約上許されていないという。さらに、キウリが在籍してからディオールの売上は約3倍に。2023年には90億ユーロ(およそ1兆3,680億円)を記録したことにも触れている。

これだけ強力なビジネスの実績を出したデザイナーの交代を、急ぐ理由が見当たらない。にもかかわらず、これほどまでに交代説が噂されたのはなぜなのか?

アンダーソン待望論がそれだけ根強かった証とも言える。在任中に「ロエベ」の売上は7倍以上に拡大し、約20億ユーロ(約3200億円)の規模にまで成長したと推定されている。これだけの実績を築き上げた才能を、LVMHが保有するブランドの中でも、最上級の価値と魅力を誇る「ディオール」に起用すれば、キウリを上回る業績が期待できるのではないか。そんな投資的関心が、LVMH内部で芽生えた可能性がある。

噂が立つとき、「火のないところに煙は立たない」とよく言われる。ただし、今の時代、火種が見えなくても、煙は立つ。そしてその煙は、ときに現実以上の熱を帯びて、私たちの想像を燃え上がらせる。そして翻弄された私たちは、そのたびに「もしそうなったら?」と未来を想像する。それはただ噂に振り回されているのではなく、むしろファッションという営みの本質的な楽しみでもある。

服を買うこと、着ることだけではないファッションの楽しみ。まだ見ぬ構図を思い描き、そこに意味を与えていく、知的な遊びもファッションの一つ。

アンダーソンが「ディオール」で手掛けるのは、今のところメンズだけだ。けれど、9月にウィメンズを彼が担当するという未来が「ない」とは、誰にも断言できない。ファッションの世界において、「確定」という言葉はつねに仮のもの。むしろ、未確定なまま揺れ動く未来こそが、ファッションを面白くする。

私たちは今、その余白に立っている。

〈了〉