AFFECTUS No.623
1933年、フランスの伝説的テニスプレーヤー、ルネ・ラコステ(René Lacoste)が設立したブランド「ラコステ(Lacoste)」の象徴といえば「ワニ」。ポロシャツの左胸に取り付けられたワニのマークは、きっと一度は目にしたことがあるはず。この一文を読んでいる人は、頭の中にコミカルなタッチのワニを思い浮かべているかもしれない。そのイメージを抱いたまま、ラコステ2025AWコレクションを見てみることで、クリエイティブ・ディレクター就任後、3回目の発表を迎えたペラジア・コロトロス(Pelgia Kolotouros)のビジョンが垣間見えてくる。
コレクションで気づかされるのは、ブランドの象徴であるロゴマークが思いがけない形に変容していたこと。ここで感じた違和感こそ、コロトロスのビジョンそのものだと言えよう。
コロトロスのキャリアは、ニューヨークから始まる。パーソンズ・スクール・オブ・デザイン(Parsons School of Design)で学び、「セオリー(Theory)」「カルバン クライン(Calvin Klein)」「ザ ノース フェイス(The North Face)」「イージー(Yeezy)」「アディダス(Adidas)」、そしてビヨンセ(Beyoncé)の「アイビーパーク(Ivy Park)」やファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)といったように、様々なカテゴリーやクリエイターのファッションを横断していく。
この経験が、コロトロスにある考え方をもたらす。それが「ポラリゼーション(Polarization)」だった。「対立、分裂、極性化」といった意味を持つ語は、彼女のデザインの象徴でもある。この言葉が登場するのは、「インタビューマガジン(Interview Magazine)」でのインタビューになる。
記事の中でコロトロスは、カルバン クラインでは伝統的でアンドロジナスなデザイン哲学を、アイビーパークでは、あらゆる体型を称賛するボディ・ポジティブなアプローチを経験したことを語る。結果、コロトロスはこの「女性性の多様性」を横断的に理解し、デザインに活かしている。アンドロジニーとセンシュアリティ、機能性とエレガンスといった相反する要素を共存させたり、ストリートウェアを格上げして洗練された形に落とし込むといった意図が、コロトロスのデザインには現れている。
それは、今回のコレクションにおいても明快だ。
最も印象的だったのは、ショー後半に登場した一枚のスウェットトップス。一見すると、黒地のボディにモノトーンのグラフィック。だが近づくと、その「プリント」は、ビジューによる刺繍でかたどられていた。モチーフはもちろん、ラコステのワニ。だが、かつてのコミカルな表情はそこにはない。緑のユーモアは削ぎ落とされ、淡水域の生態ピラミッドの頂点に位置する捕食者は、シャープな輪郭のまま煌めく姿に転生していた。ストリートウェアの定番にエレガンスを上書きする。ここにも「ポラリゼーション」があった。
この極性は、ショー会場とルックの間も行き交う。会場となったのはブランドの歴史にふさわしく、全仏オープンの聖地「ローラン・ギャロス・スタジアム」のクレーコート。世界最高のテニスプレーヤーたちが競い合うコートを、モデルたちは、レーシーな素材のトップス、シックなダブルブレステッドコート、ハードなレザーブルゾンを纏い、センシュアルかつエレガントな姿で歩いていく。
ここでも、ラコステのアイデンティティは、スポーツとエレガンスという二項の間に張り渡されていたのだ。
ワニの口は大きく開かれている。伝統を呑み込み、エレガンスを呑み込む。ラコステは今、まったく新しい捕食者へと生まれ変わろうとしている。そして、その野生を飼い慣らすのは、他ならぬペラジア・コロトロスだ。
〈了〉
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