2025AWシーズンに訪れた展示会の中で、最もインパクトを受けたブランド。それが「アンセルム(Ancellm)」だった。シルエット、ディテール、素材、一つひとつの要素、一つひとつのアイテムの完成度の高さに驚き、袖を通した時の驚きはそれ以上だった。
アンセルムのいったい何が、そこまで心を動かしたのだろうか?
それは「服の表情」だった。アンセルムといえばダメージ加工が最大の特徴として知られる。「視点を変えた経年変化の提案」をコンセプトに、熟練の職人が施す加工技術が、1本のジーンズに宿らせたのは芸術性。それは単に美しさを意味するわけではない。見る側の「視点」が変えられる体験があったからこそ、芸術性という言葉が浮かんできた。
ダメージ加工は珍しいアプローチではない。とりわけデニムアイテムでは、服を個性化するためのテクニックとして一般的なものだ。しかし、アンセルムの色落ちや擦れた質感は、「時間の経過」「古びれた」といった表現とは別の何か、アンセルムのシャツやアウターを「ヴィンテージ」や「古着」と言ってしまうには、違和感が残った。
その違和感を紐解くヒントになったが、アンセルムのジーンズには通常なら現れる箇所に「ヒゲ」がなかったり、膝裏の「ハチノス」が見られないことだった。これまでの加工ジーンズの常識を捻る行為だと言える。
アンセルムのコレクションを見ていて、浮かんできたのは「絵画」だった。画家は白いキャンバスに絵の具を用いて絵を描いていく。アンセルムにとってのキャンバスはデニム生地。そこに乗せる絵の具は数々の加工技術。大きく広げられたデニム生地に、デザイナー山近和也の美意識にしたがってペイント、色落ちが表現されていく。画家がキャンバスに絵の具で絵を描くように。そして、抽象画のように仕上がったデニム生地がジーンズとして仕立てられていく。だから、これまでのジーンズでは見たことのないジーンズが生まれる。
これはただの空想にすぎない。もちろん、実際の作業工程は違うだろう。しかし、画家のように作品制作に臨むプロセスをイメージさせるほど、アンセルムのジーンズには刺激があった。この「視点」を変えられる体験が、アンセルムに芸術性を感じた秘密だった。そして、完成した服は美しい。
ジーンズだけではない。チェックシャツ、ニット、テーラードコート、どの服にも切りっぱなしやほつれなど、加工の痕跡が見られる。だが、不思議なことにそのどれもが美しい。本来は服に「ダメージ」を与えるはずの技術が、アンセルムでは「服を綺麗に見せる」ために使われている。風化が装飾に、劣化が美しさにすり替わっている。そんな視点の反転を、アンセルムは生み出す。
そのことを物語るように、2025AWコレクションのルックは、いずれもクリーンなタッチで映し出されている。モデルたちの装い、佇まいに「汚れた」「錆れた」という言葉はいっさい浮かばない。ダメージ加工技術が使われているのに、スタイルから浮かぶのは全く逆のイメージ。アンセルムは服の見え方の視点も変えていく。
山近とアンセルムが、これから変えていく視点とは──まだ、誰も気づいていないものかもしれない。
Official Website:ancellm.com
Instagram:@ancellm_official