「シーク ヤブーティ(Sheik Yerbouti)」の根底にあるのはテーラリング。だからと言って、ジャケットを軸にしてクラシックを押し出すわけではない。メンズウェアの伝統で培われた美意識と技術を、多岐にわたるメンズウェアに展開していく。その結果生まれた服には、静けさがある。それは控えめな佇まいというよりも、語ることを拒みながら、着ることでのみ何かが伝わるという、逆説的なエレガンスだ。
たとえば、真っ白なフーディとスウェットパンツのルック。素材もフォルムも色もリラクシングでありながら、全身が汚れなき白で染め上げられると、一転して清らかなものへ。その上から黒いコートに袖を通すことで、寛ぎと緊張感のコントラストが立ち上がった。このブランドの服は、「カジュアル or ドレス」ではなく、“そのあいだ”の微妙な領域にある気品をすくい上げようとしている。
横断するのはスタイルだけではない。「アイテム」もその対象になる。ジェームズ・ディーン、ロバート・レッドフォードといった名優たちの渋く美しい姿が、オーバーラップしてくるブルゾン。シャツカラーとジップアップで仕上げたソリッドな表情は、英国「バラクータ(Baracuta)」のドリズラージャケットと重なり、左袖のジップポケット、袖口と裾を絞めたフォルムはボマージャケットが脳裏を掠める。それら名作アイテムの痕跡を残すと同時に、ミリタリー色を薄め、ミニマルタッチに振っていく。
ミリタリーやワークといったアーカイブの語彙を借りながら、最小限の言語で再構成する。それが、シーク ヤブーティの持つ「スタイル」である。
ミリタリーコートにもまた、同様の美学が流れていた。
モッズコートは、モッズコートと断言するには曖昧さが匂う。その理由はディテールとシルエットの組み合わせにあった。左右の襟元を重ねて首を覆う姿は、トレンチコートのチンストラップが装飾性と防寒性を再構築したものに感じられてきた。エッグ型のシルエットは上品なミニドレスのようで、前身頃のフラップポケットはハイウェストで取り付けられ、肘を高く両手を入れたモデルの姿は、凛々しく映る。
このコートを横から見た時、袖の切り替え線からは、後方に向かってタックが数本取られていることに気づく。布地を折りたたんだ襞はかすかなボリュームを作り込み、1日の中で忙しくなく動く身体の部位に豊かさをそっと添える。削ぎ落とされた見た目とは裏腹に、様々なイメージを呼び起こす重層的な一着だ。
シャツ型のデニムジャケットも実に上品。インディゴの綾織生地、ドロップシャルダー、長めの着丈。それらにふさわしい言葉は「カジュアル」だろう。しかし、実際の佇まいは無駄のない美しさを見せていた。服のボリュームに対して、やや小さめに感じる白いフロントボタンが繊細。エレガンスとは、小さな心遣いから生まれるのかもしれない。
シーク ヤブーティの服は、一点一点、細部から論理的に作り込まれていった構築美が立ち上がっている。だが、複雑さを主張しているようには見えない。主役は服であり、服を着た人間そのもの。デザイナーの思想は関係ない。事実、ブランドは2022AWシーズンの創設以来、デザイナーの素性はおろか、名前も一切明らかにしていない。
「服だけを見て欲しい」
情報過多の時代に、静かな美しさを仕立てるブランドは、たった一つのメッセージを発しているのかもしれない。そのメッセージは袖を通した瞬間に現れる。言葉ではなく、感覚という沈黙のかたちで、身体の内側から立ち上がってくる。
Official Website:sheikyerbouti.jp
Instagram:@sheikyerbouti_official