AFFECTUS No.638
コレクションを読む #5
ベージュ、レッド、グリーン。色は明快に語る。このコレクションが、アメリカ伝統のスポーツウェアから着想を得ていることを。広い肩幅とシェイプが効いたテーラードジャケット、大腿部が大きく膨らんだテーパードパンツ。シルエットもまた、明快に語る。このコレクションが、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)時代の「セリーヌ(Celine)」から着想を得ていることを。
▶︎売れるために、売れている服を作らない -フィービー・ファイロについての考察-
フィービー・ファイロとは何者だったのか。セリーヌを更新し続けたデザイナーの“逆張りの論理”に迫る。
新アーティスティック・ディレクター、マイケル・ライダー(Michael Rider)。彼は、フランスとアメリカで積み重ねてきたキャリアを接続させ、メゾンの新たなページを開いた。
ライダーは2008年から2018年までの10年間、ファイロ期のセリーヌでデザインディレクターを務めてきた。在籍中、ファイロが明確にシルエットを刷新した時期がある。彼女は、1980年代のパワーシルエットを蘇らせた。その面影を感じるテーラードジャケットとパンツがファーストルックから、立て続けに登場する。
ドロップショルダーは、肩パッドを入れた構築的な作りで力強く、肩先が落ちた袖山はウエストのシェイプを際立たせる。着丈はヒップを覆い、さらに股下を越えていくほど長い。高めに設定された第1ボタンが、リーンなシルエットをより長く見せている。燕尾服を思わせる縦長のラインが、品格を讃える。
だが、その構築を支えるのは、キャメルのコットンツイルと思しき生地。まるでアメリカントラッドのジャケットやチノパンを連想させる質感だ。構造はファイロの記憶をまとい、素材はアイビーリーグの音色が響く。この一着には、ライダーの「出自」が滲んでいる。
ライダーはファイロ期のセリーヌに、とらわれているわけではない。「ポロ ラルフ ローレン(Polo Ralph Lauren)」でクリエイティブ・ディレクターとして積んだ経験が、解釈に新しさを生む。
金ボタンを使った赤いブレザー、ストライプシャツ、ネイビーのレジメンタルタイ、そしてボトムには、色褪せたヴィンテージ風ジーンズ。足首からは白いソックスが覗き、靴はフラットなソールの黒いレースアップシューズ。「アメリカ」を象徴するアイテムと着こなしだ。
ただし、ジーンズのパターンは完全にモードのそれだった。
▶︎アナザー アスペクトがダッドスタイルの文脈を更新
クラシックなメンズウェアを、どうすれば「古びさせずに」着られるのか。ダサさと洗練を同居させた北欧の軽やかな挑戦。
センタープリーツの痕跡がうっすらと残るデニムパンツは、脇線が通常のジーンズよりもフロント寄りに設計されており、本来は脇線の切り替えがあるはずの側面は、丸みを帯びた柔らかなシルエットが佇む。これはまさにパリモードと、アメリカンスポーツウェアが手を取り合った瞬間と言えよう。
シルエットはファイロ期を思わせるが、スタイルをトレースしているわけではない。ライダーは、アメリカをキーワードにしてかつてのセリーヌとは異なるルックを完成させた。そしてもう一つ、ファイロ期との明確な違いがあった。それが、スキニーシルエットのパンツである。
脚に張りつくこのパンツを、エディ・スリマン(Hedi Slimane)からの引用と見る声もある。それは確かにその通りだろう。だが、ビッグボリュームのジャケットやブルゾンに対してスキニーパンツを合わせるという構成は、ファイロには見られなかった。また、そのスキニーパンツに対して、今回ほどワイドでオーバーサイズなトップスをぶつけることは、スリマンにも見られなかった。
ライダーは、ファイロとスリマンという二つの遺産を引用しながら、そこに二人にはない新たな特徴を追加してみせた。
ただ、メンズルックには冴えが見られたものの、ウィメンズには課題が残ったように思う。ウィメンズルックで存在感を放っていたのは、ファイロとスリマンの狭間を体現するようなメンズルックのスタイルを、女性モデルに転用したものだった。
スカートやドレスを用いた王道的なウィメンズルック──煌びやかなミニドレスや、フレアのロングスカート、肩幅の狭いスレンダーなロングジャケットなど──には、ファイロ期やスリマン期からそのまま抽出された印象があった。ロングドレスを見ても、メンズルックのような重層的な引用と解釈の構造は感じられなかった。
デビューコレクションを見た限りではあるが、ライダーは、自身のカルチャーやアイデンティティを直接的に体現する内省的なデザイナーというよりも、過去のファッションの文脈に自らの解釈を重ねて、新たなスタイルを立ち上げようとする文脈的デザイナーに思える。
これからの進化に、大きな期待を抱かせるデビューだった。ただし、その手前にはまだ課題も残っている。このギャップを、ライダーがどう乗り越えていくのか。それを注視しながら、セリーヌというメゾンの次なる一歩が見たい。
〈了〉
▶︎「ミニマリズムからの脱却」メイヤー夫妻が再定義したジル サンダー
ブランドの核心を、あえて“なぞらずに”ずらす。その手法は、セリーヌ2026SSの読後に重ねて読みたくなる。