緩いシルエットに、コーチジャケットやフーディ。ささやかに主張するアイコニックなワッペン。アイテムとスタイルを見るかぎり、「ストリートウェア」と呼びたくなる。だがブランドサイトでは、「ストリートではない」と明確に否定する。
創業者の二人は、都市ではなく故郷のアルプスに暮らし、一過性の流行ではなく、普遍を追う。ブランドが掲げるのは、“Timeless Cozy Wear（時を超えた心地よさ）”であり、“Humble Luxury（素朴なラグジュアリー）”。それが、フランスはアルプス発のファッションレーベル「クレスト（Crest）」だ。
創業者のジョン・デュナン（John Dunand）とサミ・シェラド（Sami Cherrad）は幼馴染だった。日本の「ア ベイシング エイプ（Bape）」に影響を受けた彼らは、イギリスのブライトンやカナダのモントリオールなどを巡りながら、いつか二人で立ち上げるブランドの構想を練っていった。
成長した二人は、故郷であるフランス・アルプスのオート＝サヴォワに戻る。そして、自分たちが本当に着たい服をつくるため、2020年にクレストを立ち上げた。
そのことについて二人は、次のように語る。
「僕たちはフランスで、フランスのブランドをつくりたいと思っていた。土地の美しさを離れて初めて理解した」
──シェラド
「両親が僕に、美しさへの感受性、好奇心、そして職人技へのまなざしを教えてくれた。それを音楽やファッションに探していた」
──デュナン
展示会のラックに掛かっていた小規模のコレクションは、過剰なフォルムやディテールは見られない。シンプルで優しい。そして明るいカラーで、目を楽しませる服。
コーチジャケットはベーシックな形に作られていた。ディテールは基本に忠実で、気を衒わない。胸元にはアクセントとしてワッペンが配されている。サッカークラブのエンブレムのような伝統と愛着を感じさせるディテールだ。
だが、この服で最も印象に残ったのは、そうしたグラフィカルな要素ではない。実際に袖を通して感じたのは、着たときに立ち上がるシルエットの美しさだった。柔らかく、体を優しく包み込むような形。けれど、それを「カワイイ」と呼ぶには違和感がある。
ボリュームはさりげなく設計され、その中にシャープなラインが潜んでいる。シンプルさの中に計算された構造が組み込まれた一着だった。
フーディには、首元を包み込むようなスカーフ状のディテールが施されていた。スウェット素材でありながら、その布は自然なドレープを描く。カジュアルな服に、カジュアルな素材。そこから立ち上がる優雅さは、意外性と説得力をあわせ持つ。このフーディこそ、クレストが掲げる「控えめなラグジュアリー」を象徴する一着に思えた。
ポロシャツタイプのマルチボーダートップスは、楽しげで、どこかヴィンテージタッチ。故郷を大切に思うデュナンとシェラドの姿勢が、その素材にも表れているように感じた。シルエットにシャープさはない。クレストの服には、ルームウェアのような安心感がある。いつも私のそばにある服。ずっと一緒にいる服。そんな安心感だ。
それは、素材が関係しているのかもしれない。クレストは、ほとんどの素材に日本製を採用している。ヨーロッパの素材は、たしかに上品で繊細な表情を持っている。だが同時に、どこか突き放すような、あるいは距離を置こうとする緊張感も漂う。
一方、日本の素材には、より日常的な親しみがある。
「きっと、この仕上がりなら、たくさんの人に喜んでもらえる」
そんな発想が、織り込まれているように思える。
素材に限らず、日本のものづくりには「いいものを、たくさんの人たちに」という精神性がある。ヨーロッパの素材が“特別な瞬間の特別な素材”という「真のラグジュアリー」だとしたら、日本の素材は“ありふれた日常を特別にする”「ちょっとした贅沢」ではないだろうか。
クレストの素材選定は、その思想と見事に重なっていた。そして、それらの素材は、アルプスに根差したローカル志向の家族経営の工房で丁寧に縫製されている。クレストは服の生産そのものにも、ノスタルジーを取り入れていた。
何気ないストライプシャツは初めて見たのに、自分のクローゼットにあるかのような親しみ。クレストは一着一着に優しさを込めているようだった。
クレストは「ストリートではない」と述べている。本来なら、ブランドのメッセージを尊重すべきだろう。しかし、私にはやはり「ストリート」という言葉が似合うように思えた。ストリートウェアには、それぞれのスタイルが投影されたパーソナルな趣がある。安易に人のスタイルを「ダサい」と言わない。「それ、いいじゃん！」と肯定する優しさ。そんな感覚をクレストに覚えた私は、それでもこの服を「ストリート」と呼びたくなった。
Official Website：crestclothing.com
Instagram：@crest_clothing