現在のファッションは、クリーンな文脈に振れている。その流れは2026SSシーズンの傾向からも明らかであり、シルエットのコンパクト化も始まっている。とは言っても、「ビッグシルエットから、スリムシルエットへ」という大胆な転換はまだ起こらないだろう。潮流が一気に変わる時、そこには強烈な存在感を放つブランドの登場が必要だ。1990年代のアントワープ勢、2000年代の「ディオール オム(Dior Homme)」、2010年代の「ヴェトモン(Vetements)」といったように。
その流れをジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)率いる「ディオール(Dior)」によって引き起こされる可能性があるが、2026SSシーズンはクリーンに潮流が傾いても、既存の潮流の痕跡が残る状態が続くと思われる。このトレンド(あえてこう言おう)を考え時、一つのシューズブランドに注目したい。
それが、2012年に設立されたパリ発の「アデュー(Adieu)」だ。

アデューは、「ギ ラロッシュ(Guy Laroche)」と「イヴ サンローラン(Yves Saint Laurent )」で経験を積んだイザベル・ゲドン(Isabelle Guedon)と、1880年創業の英国メンズブランド「ダンヒル(Dunhill)」にて、ハンドメイドのコレクションを手掛けてきたベンジャミン・キャロン(Benjamin Caron)の二人が立ち上げたブランドである。
ゲドンとキャロンが制作するシューズは、クラシックを主題にクラシックの伝統を崩す。

アデューは、ローファー・ダービー・ウィングチップといった伝統の靴を外観のベースに据える。そして、トラディショナルな造形の文脈には相容れない文脈を混ぜていく。そのアデューの個性は、2026SSコレクションでも発揮されていた。
見た目は純然としたローファーシューズ。だが、色はクラシックにまとまっているわけではない。重厚的なフォルムデザインとは裏腹に、明るさが目を惹くカラーコンビネーション。しかし、「ビビッド」や「ポップ」といった表現は似合わない。浮かんでくるのは「ロンドンパンク」だった。
伝統・形式・規律を重視するクラシックなフォルムに対して、反骨・破壊・異議を唱えるパンクなカラーと柄の組み合わせ。まさに一つのスタイルの中に別のスタイルの痕跡が残るデザインであり、現代ファッションの潮流と重なるモダンデザインと言える。
パンクはクラシックがあったからこそ生まれたファッション。アデューの靴は、対極の要素を組み合わせたデザインと言ってしまうには、違和感が残る。パンクが生まれた背景、ファッションの歴史そのものを表現した文脈的デザインと、述べる方が適切だろう。
アデューは色と柄を組み合わせたシューズばかりを発表しているわけではない。黒やベージュといったベーシックカラーでまとめたクラシカルな靴も制作している。オーソドックスなデザインも混ぜてコレクションを構成しているために、パンキッシュな精神がいっそう際立つ。

また、アデューは靴の構造面でもクラシックを捻るのだった。ソールには、ブランドの独自技術により生み出される、重厚感あるインジェクションソールや、柔らかなニュアンスのクレープラバーソールを採用し、スタンダードなクラシックシューズとは一線を画す。特に注目は、歯車を彷彿させる溝が連続するソールだった。

ハードなソールが音を立てるようにクラシックを崩していく。そう表現するのは、叙情的かもしれないが、カジュアルにいえば伝統の靴にユーモアが混ぜられたようだ。ただし、それは大きな声で笑うユーモアではなく、クスッと笑ってしまうユーモア。
2026SSコレクションの特徴として、スニーカーを発表していたことが挙げられる。


スニーカーにおいてもアデューのコンセプトは貫かれており、伝統的なローカットスニーカーを基盤に色の組み合わせ・ソールデザインによってブランドの個性を演出していた。もちろん、ホワイト一色、ブラック一色というベーシックカラーを捉えた一足も発表し、レザーシューズの構成をスニーカーでも踏襲している。アデューには静かな知性が混じっていることも魅力だ。
今、一つのスタイルを軸に、そのスタイルにはなかったノイズをあえて入れる。そんなファッションに面白さを感じる。
「それがなければ、綺麗に整ってよかったのに……」
そう思われるファッションが、今の私には面白い。
整えるより崩す。綺麗にまとめるより、奇妙に見せる。それが面白い。
アデューは前シーズンの2025AWコレクションで、グリーンを黒や白と組み合わせたデザインを発表しているのだが、それがまさにノイジーと呼べるデザインで、初めて見た時から印象に残った。
アデューの姿勢は変わっていない。けれど、時代が変わってきた今、アデューの靴づくりが時代を象徴するものに感じられ、惹かれていく。
自分の中の価値観が、一つのブランドによって変わっていく体験があるから、ファッションはやっぱり面白い。
Official Website:adieu-paris.com
Instagram:@adieushoes