「誰かの視線よりも、自分の感性」アンナ・オクトーバーの自由のかたち

AFFECTUS No.646
デザイナーを読む #1

マドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)は、バイアスカットのドレスで知られる伝説のデザイナーだ。しかし、彼女の真の価値は技術的な側面ではなく、女性のボディラインが持つ美しさを再認識させたことにあるのではないか。ヴィオネのドレスは、コルセット時代のドレスとは大きく異なり、身体を誇張することがない。また、オートクチュールドレスのように、緻密で繊細な刺繍、豪華絢爛なビジューで飾り立てるわけでもない。服づくりの生命線であるカッティングで、いくつもの名作ドレスを制作してきた。

▶︎解放と自由のシュシュ/トング
「誰に何を言われても、着たい服を着る」。その強い意志を、上海発のブランドが後押しする。

滑らかな曲線をリスペクトするバイアスカットの生地は、女性の身体を優しくなぞっていく。身体のラインに沿ってカーブを描き、お淑やかなドレープを生み出す。そうして生まれたドレスは、完成から数十年の時が経った今も、変わらずエレガントだ。

2010年に設立されたウクライナブランド「アンナ オクトーバー(Anna October)」のドレスは、ヴィオネの美しさを彷彿させる。自身の名をブランド名にしたアンナ・オクトーバーは、女性の身体の輪郭を隠すことはせず、強調する。だが、その強調は静かで優雅で、ほんのりと可愛さがにじむ。

彼女の代表作チューリップドレスは、チューリップから着想されたカッティングがバストを覆う。縦に細く長く伸びるシルエットは、見る者を静寂に導く美しさがある。一方で、バストに施された花のかたちを模したカッティングは、絵本からチューリップの輪郭がそのまま飛び出しかのように、なんとも愛らしく、微笑ましい。

だが、その微笑ましさはユーモアとは違う。

オクトーバーのドレスには気高さや洗練に加えて、緊張を解きほぐす柔らかさがある。だからこそ、オクトーバーのドレスには、見る者をほんの少し微笑ませる力があるのだ。

その麗しさは、ヴィオネとオクトーバーのドレスを同一のものに思わせる。しかし、ヴィオネのドレスが生まれてきた背景はシリアスだ。ヴィオネが登場する以前、女性たちの装いは身体に不自由さを強いるものだった。

▶︎マリーン セルは世界のすべてを愛している
多様な個性と趣向を肯定し、現実を生きる自由な服。

コルセットで限界まで締め上げるウェスト、バッスルやクリノリンで人工的に形作ったドレスは、女性の身体から自由を奪うものだった。もちろん、その代わり、当時の人々が欲したエレガンスを実現していたのは事実だ。しかし、身体に限界を求める服が、果たして本当に最良と言えただろうか。

ヴィオネは、当時の常識とされていた価値観を覆す。ありのままにこそ美しさがある。それを証明したのが、彼女のバイアスドレスだった。

オクトーバーには、ヴィオネの精神を継承する輝きがある。だが、そこに深刻さは微塵もない。

オクトーバーはボディラインを曖昧にせず、かといって誇張することもなく、ありのままに表現する。彼女の服には、華やかな刺繍やプリントは登場しない。黒や白など、シックなカラーリングの無地の生地が主役だ。ピンクやブルーなどの明るい色を使う際は、淡く優しい色味を用いるか、あるいは夏の花のように健康的。

きっとオクトーバーのコレクションは「セクシー」と表現するのが、ふさわしいのだろう。けれど、挑発的な色気は感じられない。あるのは「自分が好きで、この服を着ている」というまっすぐな主張。そんな女性像が立ち上がってくる。

センシュアルな服=誰かに見せるためのものという概念を、オクトーバーは乗り越えている。それは、ヴィオネでさえ手の届かなかった領域にすら感じられる。オクトーバーのドレスは、今の自分を受け入れ、そのことを祝福する服だ。他人にどう見られるかよりも、自分がどう感じるかを大切にする価値観。しやなかな強さを、アンナ・オクトーバーは滑らかなシルエットに乗せる。そして、彼女のドレスは、着る人に誇らしい自信をもたらす。

〈了〉

▶︎ランラは時間を過去に戻して現代を更新
野暮ったさを引き戻すことで、新しさが生まれる。アウトドアウェアを通して、常識を軽やかにひっくり返す。

*8月13日(水)はお盆休みで、更新をお休みします。次回の更新は、8月17日(日)21時。