注目のミニマリズム派 #3 冷たく温かく、エイトン久﨑康晴の美学

AFFECTUS No.647
デザイナーを読む | 注目のミニマリズム派 #3
エイトン|久﨑康晴

「エイトン(Aton)」の服を見たとき、最初に浮かんだのは「冷たい」という言葉だった。沈黙、冷静、品格──スタイルは熱を帯びず、静けさで存在感を際立たせる。大きく主張するのではなく、距離を保ちながら引力を生む。視線を集めようとするのではなく、あくまで佇まいで語ろうとする。そこに熱はない。漂うのは、わずかな緊張感。

▶︎注目のミニマリズム派 #2 オーラリー岩井良太の色彩
緊張感をほどく色彩で、ミニマリズムを塗り替える。

その冷たさの奥には、もうひとつの温度が隠れている。高品質の原料を選び抜き、肌に触れる瞬間の質感を優しくするための設計。ブランドサイトでは、その意図が丁寧に語られていた。

エイトンの核は間違いなく素材だ。

そこには「人間の肌」への優しい眼差しがある。温かみのある素材といっても、それは体を物理的に温めるウールやダウンのようなものではない。体の内側から温度を生む「あたたかみ」だ。

言うなれば、それは冷え切った体が、温かいコーンクリームスープを飲んだとき、体の内側からじわっと広がるように温かくなるぬくもり。見た目の冷たさとの落差が生む温かさでもある。

この温かみを着る人に感じさせるために、エイトンは視覚と触感の間にギャップを生み出していた。

▶︎Show: Stein 2023AW
一貫した静けさの中に、確かな変化を宿すコレクションのショーレポート。

人間には、見た印象と触れた感覚の落差によって心が揺れ動くという心理のメカニズムがある。冷たい人が、ふと優しさを見せたとき、その一瞬に惹かれてしまう感覚。ドラマやアニメで何度も描かれる場面だ。しかし、常に優しさを見せられる人こそが本当に優しいと思うのだが、その話は脇に置こう。重要なのは、エイトンがそのギャップの構造を服で体現しているということだ。

たとえば、オーバーサイズのシャツ。鏡の前に立つ自分は、身体の曲線を覆い隠すストレートシルエットに包まれている。彫刻のような立体感が、着る人の佇まいにわずかな緊張をもたらす。そこには、意思を感じさせる冷静さがある。

だが、素材はどうだろう。インド産の繊維長の長いオーガニックコットンを使い、大阪・岸和田の機屋で織り上げたツイルコットン。経糸に細番手の糸を3本撚り合わせ、高密度で織ることで、艶と張りを備えた生地に仕上がる。密度は、シャツでありながらジャケットのような構築感をもたらす。腕を通すと、滑らかな質感が袖口から腕に沿って流れ、指先までやわらかく包み込む。

想像してみてほしい。鏡の中に映るのは、力強く凛々しいシルエット。呼吸が少しだけ深くなる。袖口に触れた瞬間、指先はふと緩み、口元に小さな笑みが浮かぶ。心は、そのギャップに揺さぶられる。

冷たいスタイルで、温かいファブリックを立ち上げる。もう一度。冷たく、温かく。それがエイトン、久﨑康晴のミニマリズムだ。

〈了〉

▶︎Exhibition: Nonnotte 2026SS
ウールを夏に着る。その逆説に潜む快適さと、美学を仕立てるブランドの展示会レポート。