ミニマリズムへの明確な回帰-ジル サンダー 2026SS

AFFECTUS No.661
コレクションを読む #11

「ジル サンダー(Jil Sander)」の新クリエイティブ・ディレクター、シモーネ・ベロッティ(Simone Bellotti)は、ブランドの世界観をリセットした。9月24日に発表された2026SSコレクションは、ジル サンダー伝統の美学であるミニマリズムを鮮やかに呼び戻した。

▶︎ ジル・サンダー 2014AWコレクション
デザインチームが見せたのは、匿名性ゆえの純粋な服の力。挑戦よりも実直さが生んだ美しさ。

ファーストルックは、ダークブルーのクルーネックニットに白いセミタイトスカートを合わせた究極のシンプルルック。だが、ただのベーシックではない。ネックラインは首元を詰めるように狭め、袖丈と着丈は短く整える。とくに着丈は腹部が覗くほど。スカートには脇線近くに2本の折り目がうっすらと走り、プリーツほど明確な境界ではない。そこに黒いストッキングとブラックシューズを合わせ、全体を引き締めた。

シンプルを標榜しつつ、細部でアクセントを効かせる。まさにミニマリズムの女王ジル・サンダーのアプローチだ。

コレクションの中で印象に残ったのはテーラードジャケット。首元を狭く構築したVゾーンは、クルーネックニットと呼応する。4つボタンのジャケットは肩幅もシルエットもコンパクトで、着丈はヒップラインをかろうじて覆う程度。小さな上衿とラペルが、ジャケットをすっきりと上品に見せる。この狭いVゾーンはロングジャケットやコートにも展開され、ベロッティの初コレクションを象徴するディテールとなった。

序盤のルックには創業者ジル・サンダー時代の面影が濃厚だった。しかし中盤以降、唐突に「なぜそこにそんな隙間を?」と感じさせるカッティングが現れ、頭の中のイメージはラフ・シモンズ(Raf Simons)時代へと切り替わった。

シモンズのジル サンダーは2006AWから始まった。黒を基調にしたスリムなシルエット、プリントも柄も排したデビューコレクションは、ブランドの原点回帰でありながら、空気を研ぎ澄ました潔さで新章の到来を告げた。シモンズのジル サンダーは、ミニマルなデザインに実験性を忍ばせていた。

「なぜそこにそんなボリュームを?」
「それがなければもっとクリーンなのに……」

そうした疑問を抱かせる前衛性が、シモンズの持ち味だった。その頂点が2012AWのラストウィメンズコレクションだろう。彼の生涯で最も美しいコレクションとすら言える。

ベロッティのジル サンダーには、そのシモンズ時代と重なる瞬間がある。

トップスやミニドレスは前身頃に大きなサークル状のカットアウトを施し、ブラトップを覗かせる。フレンチスリーブ寄りのドレスにはウエストや大腿部に切り込みが走り、肌をちらつかせる。さらに、透け感ある素材で仕立てられたボルドーやブルーのドレスは、2008SSウィメンズコレクションのシモンズを思わせた。

端正なシルエットの中に前衛を潜ませること。それがベロッティの中核をなしていた。

かつて見たミニマリズムが新鮮に感じられた。久しぶりにこのジル サンダーが見たかった。そんな思いが立ち上がった。ルーク・メイヤー(Luke Meier)とルーシー・メイヤー(Lucie Meier)は素晴らしかった。ジル サンダーを「ミニマリズム」とは形容できない新しいフェーズに到達させた。

▶︎ 「ミニマリズムからの脱却」メイヤー夫妻が再定義したジル サンダー
王道を外れ、装飾と異文化を取り込んだ夫妻の哲学。ジル サンダーを次のフェーズへ導いた軌跡を振り返る。

一方で、ベロッティのコレクションを見ると、やはりこのブランドにミニマリズムの概念は不可欠なんだとも感じた。ベロッティのコレクションはその事実を強く思い起こさせた。

もちろん、すべてのルックが完璧ではない。とくにシモンズを想起させた挑戦的な造形は、踏み込みが浅く見えた。シモンズなら、さらに二歩深く突き抜けただろう。ベロッティはむしろ王道のミニマリズムで真価を発揮するデザイナーなのかもしれない。

だが、ここで立ち上がった問いは一つだ。

ジル サンダーにとって、ミニマリズムとは「原点」なのか、それとも「未来」なのか。

その答えは、これからのコレクションが示してくれるだろう。

〈了〉

▶︎ ラフ・シモンズのウィメンズ
エレガンスを再構築した2012AW。涙を誘うほどの美しさと違和感が、ジル サンダーに新しい未来を刻んだ。