ヘップワースの声が聞こえる-ディオール 2026SS

AFFECTUS No.665
コレクションを読む #14

イギリスの彫刻家バーバラ・ヘップワース(Barbara Hepworth)。20世紀を代表する彫刻家は、大理石や木材を削り出し、抽象的な円形造形を生み出した。ヘップワースの作品には、一つの特徴がある。それは「空洞」。彼女がつくる球体の彫刻は、内部に穴が空いている。中には、空間がねじれたように貫かれた作品もある。

存在しているのに、その存在感が薄い。だがその“薄さ”こそが、作品に強い個性を与えている。

▶︎アンダーソンがロエベで問う、アヴァンギャルドの再定義
ロエベでの問いが、ディオールでの構造へとつながっていく。
→ AFFECTUS No.564(2024. 10. 13公開)

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)は、「ディオール(Dior)」の歴史的一着を新しく書き換えた。その造形は、ヘップワースの《Pelagos》に通じるものがあった。彼が初めて手がけたウィメンズコレクション──2026SSシーズン。そこには、ヘップワースの声が静かに響いていた。

ディオールの象徴、バージャケット。

創業者クリスチャン・ディオール(Christian Dior)が発表したニュールックを象徴する服。コンパクトな肩幅、急激にシェイプされたウエスト、そして裾へと緩やかに広がる曲線。この一着は、ディオールの美学そのものを体現してきた。

▶︎ラフ・シモンズが送る21世紀最初のビッグシルエット
自ら築いた細身の構造を壊し、ビッグシルエットへと移行。構造を変えることで、時代をも変えたデザイナー。
→ AFFECTUS No.514(2024. 4. 14公開)

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)、ラフ・シモンズ(Raf Simons)、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)──歴代のデザイナーたちも、それぞれの解釈でバージャケットを更新してきた。アンダーソンも、その伝統に挑んだ。

2026SSコレクションには、彼の手による新しい形がいくつか並んだ。腰の膨らみを抑えたダブルジャケット、裾が波打つショートジャケット。いずれも“膨らみ”の原型を保ちながら、構造は簡潔に整理されている。だが、その中で異彩を放ったのがショールカラージャケットだった。

肩幅は狭く、ウエストは細い。そこは古典を踏襲している。だが、腰の両脇には不穏な空間があった。外郭はバージャケットの膨らみをなぞるが、内部には空洞が存在する。布が空気を抱き込み、身体の外側にもう一つの内側を生み出している。

現在のアンダーソンには、二つの軸がある。一つは、今述べた異物の造形設計。もう一つは、トラディショナルだ。彼は、伝統的な服を基盤に、その中に大きな違和感を差し込む。アンダーソンらしい方法が、ディオールのエレガンスの中で機能している。それが、今回の2026SSコレクションに感じられた。

ショールカラージャケットは、新生ディオールの象徴だ。

曲線の中に楕円形の穴を抱え込み、バージャケットを“欠損”させることで新しさを生み出した。ミニマリズムの文脈に、空洞という感覚を刻む。ジョナサン・アンダーソンは、ヘップワースと同じ「穴」を見つめている。

〈了〉

▶︎ホダコヴァは、コントラバスをワンピースにするブランド
クラシックを解体し、リアルなアヴァンギャルドへと組み替える。構造を“転用”するデザインの登場。
→ AFFECTUS No.612(2025. 3. 30公開)