ピッチョーリは大転換を図る-バレンシアガ 2026SS

AFFECTUS No.666
コレクションを読む #15

2025年7月29日、ケリング(Kering)は2025年上半期の決算を発表した。売上高は75億8700万ユーロと前年同期比16%減。グループ全体の業績は依然として厳しい。主力の「グッチ(Gucci)」が前年同期比25%減と大きく落ち込む一方で、「ボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)」は微増に転じた。

▶︎バレンシアガにピッチョーリ起用、ケリングが迎える正念場
就任発表時に語られた期待。その答えが、いま明らかになった。
→ AFFECTUS No.627(2025. 5. 28公開)

一方、「バレンシアガ(Balenciaga)」を含む「その他ブランド(Other Houses)」は前年同期比14%減。赤字転落となったが、その主因は「マックイーン(McQueen)」であり、バレンシアガ自体は北米で堅調、アジア太平洋地域でもわずかに上向き、西欧と日本ではやや鈍化したと報告されている。つまりバレンシアガは、減速しながらも一定の粘りを見せている、というのが最新の評価だ。

バレンシアガにピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)の就任が発表されてから、約5か月。10月5日、いよいよ新生バレンシアガの全貌が明らかになった。ピッチョーリ初の2026SSコレクションは、どんなデザインだったのか。それを今回は紐解いていきたい。

デビューコレクションに触れる前に、バレンシアガを取り巻く状況を整理しておこう。冒頭で述べたとおり、グッチの不振もあり、ケリング全体は厳しい局面にある。詳細な数字は明らかにされていないが、その中でバレンシアガは「なんとか耐えている」と言える状態だ。つまり、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)の路線が依然として顧客に支持されていることを意味している。

苦しい経営状況のケリング。しかし、バレンシアガの業績は決して悪くない。ここで長年支持されてきたヴァザリア路線を転換することは、経営的に大きなリスクを伴う。ヴァレンティノ在籍中、ストリートをヴァンティノの言語に翻訳してみせたピッチョーリであれば、 ヴァザリア路線を継承しつつ、独自の解釈を刻むバレンシアガを作り上げるのではないか。そう予想した。

だが、その予想は完全に裏切られた。

ピッチョーリはバレンシアガの美学に回帰した。クリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga)が築き上げた構築的エレガンスへと立ち還ったのだ。彼が行ったのは、継続ではなく、大転換だった。

▶︎花鳥風月を彩るジョルジオ アルマーニ プリヴェ
構築と静けさ。エレガンスは、いま再び形を得る。
→ AFFECTUS No.529(2024. 6. 7公開)

黒がメインカラーに据えられ、ドレス、ジャケット、パンツ、コート──いずれもミニマルな構築美が立ち上がる。まさにクリストバルの美学であり、ピッチョーリがヴァレンティノで培ったエレガンスを、バレンシアガの方程式で組み換えたかのような、気品に満ちたルックが次々に登場した。

中でも印象的だったのは、フェザーの使用だ。クリストバルはかつて大量のフェザーを用いたドレスを制作している。ピッチョーリはその伝統を引き継ぐ。そして表現の幅も見せた。膝下丈のスカートにフェザーをあしらったドレスライクな造形を見せたかと思えば、MA-1をフェザーで覆うという意外性のあるアイテムも登場させた。

また、クリストバルと言えば拡張的なフォルムも忘れてはならない。人間の身体を美しく見せるのではなく、身体の外側に新しい美しさを見出す。その思想をなぞるように、ピッチョーリは直線的なカッティングやバルーンシルエットを用い、女性のボディラインを抽象化する造形をいくつも提示した。

ドレスライクな美しさだけでなく、ジーンズを合わせたルックもわずかに見られた。そこには今後、カジュアル領域への拡張を予感させる。

総じて、見事なコレクションだった。バレンシアガで、これが見たかった──そう思わせる完成度だ。

ただし、ピッチョーリの転換がビジネスとして成功するかは未知数だ。今回のバレンシアガは、ヴァザリアが築いてきた顧客基盤とは明らかに異なるデザインである。これは「デムナ・バレンシアガ」の顧客を維持する戦略ではなく、ピッチョーリがヴァレンティノで培った顧客層を新たに呼び込む試みと言えるだろう。

コレクションの完成度が、ビジネスの成功を約束するわけではない。ファッションの難題を、ピッチョーリは超えていくことができるだろうか。

〈了〉

▶︎グッチが選んだのは、エディ・スリマンではなくデムナ・ヴァザリア
バレンシアガからグッチへ。ケリングの賭けは、次の章へ続く。
→ AFFECTUS No.609(2025. 3. 19公開)