トレンドと逆行しても、なお新鮮-セリーヌ 2026SS

AFFECTUS No.670
コレクションを読む #18

マイケル・ライダー(Michael Rider)が手がける「セリーヌ(Celine)」の2シーズン目となる2026SSコレクションが発表された。デビューを飾った2025AWシーズンで示されたライダーの特徴は、アメリカントラッドを軸に、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)やエディ・スリマン(Hedi Slimane)の遺産を縫い合わせる手法にあった。自身のカルチャー的体験を投影するのではなく、これまで仕えてきたブランドのエッセンスを融合させる。それがライダーの創作である。

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その中でも最大の柱はアメリカントラッドだ。

「ポロ ラルフ ローレン(Polo Ralph Lauren)」でクリエイティブ・ディレクターを務めた経験が、彼の基盤を決定づけているように思える。今季もデビューシーズンに続き、トラッドがコレクション全体の骨格となっていた。

金ボタンのブレザー、ベージュのチノパン、色褪せたジーンズ。「これぞアメリカ」と言えるアイテムが何度もランウェイを歩く。白いシャツにダブルの紺ブレザー、白のワイドパンツを合わせたルックには、ラルフ・ローレンの香りが濃厚に漂っていた。

シルエットは前季の方向を継承しつつ、ジャケットの肩幅もパンツの渡り幅も広い。横方向に伸びる印象が強く、「ビッグシルエット」というより「ワイドシルエット」と呼ぶ方がしっくりくる。深く入ったタックと広い渡りをもつパンツには、“ボンタン”という言葉すら脳裏をかすめた。

ライダーの造形感覚は、ファイロがセリーヌ後期で見せた1980年代的ボリューム感に通じる。彼はおよそ10年間ファイロのもとで経験を積み、黄金期のセリーヌをともに支えた。ライダーがその影響を避けることは、もはや不可能に近い。

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だが、ライダーの巧みさは影響を受けたことを隠さない点にある。デザイナーが経てきたブランドの痕跡がコレクションに滲むのは自然なことだ。問題はその“滲み”をどう処理するか。多くのデザイナーがそこで模倣と誤解されるが、ライダーはラルフ・ローレンとファイロ・セリーヌという異なる遺伝子を融合させることで、影響の大きさを「個性」へと変換してみせた。それは長年、両ブランドの現場で積み重ねてきた彼だからこそ可能な手法である。

前季にやや弱さを感じたウィメンズのスカートやドレスは、今季で大きく補強された。

丈は「ミュウミュウ(Miu Miu)」ほど極端ではないが、全体にミニが基調。肩はコンパクトに、ウエストはきゅっと絞り、裾へ向かって花のように広がるそのフレアラインには、少女性が漂う。

黒地に原色の花々が並ぶミニドレスは、平面的かつ反復的なパターンで、1960年〜70年代のサイケデリック期やモッズカルチャーを想起させる。“グラフィカルな花柄”は、無邪気さを秩序化するように構成され、レトロでありながら新鮮だった。

一方、シャツにミニスカートを合わせたルックは、タイトでスポーティ。それでいてドレープが生む柔らかさがあり、軽快さの中にエレガンスが滲む。「シャープ」と「フェミニン」を併せ持つ造形が、ライダーの新境地を感じさせた。

彼のウィメンズはまだ発展途上だ。フェミニンを立ち上げる伝統的な女性の服を、フェミニンに作り込むのではなく、「シャープ」「スポーティ」といったキレと強さのあるテクニックを用いて作ると、ライダーのウィメンズルックは輝きを増す。フェミニンを“装飾”ではなく“構造”として扱おうとする意識。つまり、柔らかさの裏に設計的な強さがある。

市場での評価はこれからだろう。しかし、アメリカ伝統のスタイルを軸に据えたセリーヌは、依然として好感が持てる。全体の印象はワイドシルエットが支配的で、細身へと回帰する近年のトレンドとは明らかに逆行していた。

けれど、トレンドに逆らってもなお惹かれる服がある。そうした服には、単なる懐古でも抵抗でもなく、新しい文脈を創る意志が宿っている。マイケル・ライダーのセリーヌは、その静かな挑戦の証だった。

〈了〉

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